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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #169 1999 summer:90-91]


 『雲上の神々 ムスタン・ドルパ』は、世界の厳しい風土の中で、自然と共生する民族をライフワークにするフォトジャーナリスト、小松健一氏が、8年間のべ200日にわたる、ネパール、奥ヒマラヤの取材で撮った、72000カットにもおよぶ写真から編まれた写真集です。
 時に、高山植物の色彩と緑のコントラストが、えも言われぬほど美しく、また時に、岩盤と砂の茶褐色の大地が、筆舌に尽くしがたい自然の過酷さを物語り、そして、そこに生きる人々の、感動的ですらある共同体と生のありようを伝える本書の写真は、外国人の立ち入りや取材を長年禁止してきた地域をも含んでおり、たいへん貴重な映像でもあります。
 しかし、本書の魅力は、むろん収められた写真の珍しさだけでないことは、言うまでもありません。珍しいものを撮るという落とし穴に陥ることなく、異文化に流れる時間と空間をじっくりと共有していくことで、はじめて撮すことができたであろう、数々の映像の背後にある、小松氏のフォトジャーナリストとしての誠実な姿勢こそが、本書の写真をかくも魅力あるものにしているのだと言えましょう。
 小松氏は、こう述べています。「人間としての本当に大切なこととは何なのか、ムスタンの人々から教えられ、いつのまにか諭されている自分に気がついたのだった」。
 昨今の写真表現では、手軽な紀行的な写真が注目されるような風潮が、なきにしもあらずですが、こうした芯がしっかりしたスケールの大きい、本格派のフォトジャーナリズムの仕事を目にすると、忘れかけていた写真の力を再認させられます。
 『クラシック・イメージ』は、おそらく世界でもっともポピュラーな写真家である、アンセル・アダムスの作品のなかから、初期の代表作を編んだものです。雄大な自然を、美しいモノクロームへと定着したアダムスの作品は、たとえそうとは知らなくても、誰しもポスターやポストカードなど、何らかの形で一度は見たことがあるのではないでしょうか。
 自然の風景の、もっとも壮大な場面を、もっとも繊細に捉えるアダムスの視点と技術は、多くの賞賛をえていると同時に、場合によっては、その自然観が批判的に語られることもあります。しかし、賛否両論を含む意見が生まれるということそのものが、アダムスの作品が、写真表現の一つの、クラシックかつスタンダードとして認められていることの証左でしょう。いずれにせよ、20世紀を代表する写真家であるアダムスの写真から、学びうるものは、けっして少なくないはずです。
 初期の作品が編まれた本書では、そのようなアダムスの視点と技術が培われ、しだいに熟成していく過程を、つぶさに見ることができるに違いありません。また、そうした作品は、哲学と呼ぶにふさわしいような、アダムスの思想に支えられたものでもあるのですが、幸い本書では、ジョン・シャーカフスキーとジェームス・アリンダーによる、丁寧な解説も邦訳されていますので、アダムスの仕事の総体を、手軽に見渡すことができるのではないでしょうか。
 『植田正治・写真の作法』は、偉大なるアマチュアリズムを体現している写真家、植田正治氏が、1970年代から80年代にかけて書いた文章を編んだ本です。
 植田氏のキャリアから言えば、日本の写真の巨匠的存在といっても過言ではないと思われますが、いつ見ても古びることのないダンディかつモダンな作風と、アマチュアリズムに貫かれた創作の姿勢には、身近な共感や憧れを感じる方々も多いのではないでしょうか。
 「…でも仮に、一枚の写真による訴求力、把握力のつよさ、ということでは、時にキャリアのあるアマチュアの方に軍配が上がるかもしれないと思われることもあって、写真の摩訶不思議な面白さを感じさせられることがある。なるほど、そんな意味なら、写真は所謂、芸術にはならないのかもしれないし、逆に、だからこそ、これからの時代の自己表現の手段として脚光を浴びるようになるのかもしれない、と考えると、プロもアマもない、やっていてよかった、ということかもしれない」。
 例えば、こうした一節にみられるように、本書に収められた文章は、写真を愛する者同士の、同じ目の高さから発せられていることが伺われる言葉で綴られており、気負いのない率直な植田氏の考え方には、写真を撮る誰もが、大いに励まされるに違いありません。
 『荒木!』は、わかりやすく的確な論評で定評のある写真評論家、飯沢耕太郎氏が、絶大な注目を浴び続けている写真家、荒木経惟氏をめぐって書いた単行本の文庫版です。
 荒木氏と言えば、現在、写真表現の世界にとどまらず、文化という枠組みをも越えて、一種の社会現象とすら言えるほどの影響力を持つ存在ですが、その旺盛な意欲から大量の作品が次々と生み出されていくあまり、興味がある人でも、なかなかそのパワーに追いつくことができないのではないでしょうか。また、最近になって荒木氏の写真に興味を持った人には、今日ではなかなか見ることのできない過去の作品も多いことでしょう。
 「荒木さんに捧げる長文のオマージュ、あるいはファン・レター」として書かれ、図版も多数収録されている本書は、そうした人たちへの絶好の道標になるであろうことはもちろん、社会現象としての荒木氏を知るうえでも、必読の一冊と言えるでしょう。