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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #170 1999 autumn:92-93]


 西川英子氏による、『泉が涸れる時 泉が溢れるとき』は、写真詩集とあるように、写真と詩が対置されることによって、絶妙のハーモニーを奏でている一冊です。
 西川氏の写真と詩に共通しているのは、いっけんありふれた日常的な光景の断片から、人間が生きるということの感情の襞を照らし出し、深く心に染み渡るような言葉や映像へと編み上げていることでしょう。なにげないスナップショットに見えながらも、時間や空間が独特の感性で構成された写真と、語りすぎることなく、余韻を味合わせてくれる詩の融合は、読者の想像力をかきたててやまないのではないでしょうか。
 「撮りためた、書きとめた私風景」、「私は写真をやっていて居てよかったと思う。人前に披露するつもりではなく、誰かに胸の内を聞いて貰ったら気持がラクになるように、鉛筆に話しかけたものが、大切にしまわれて居てよかったと思っている」、と西川氏は、あとがきで言っています。そうした思いが積み重ねられた本書には、何かを創り、表現することの、素朴な、しかし忘れてはならない喜びが満ちていると言えるでしょう。ページをめくるごとに、日ごろ忘れがちな喜びや感動を分け与えてくれる魅力が、本書には詰まっています。
 『湘南と軽井沢』は、1960年代から東京を中心に、横浜や湘南、軽井沢などで休日に集まる人々を、淡々とした独自のスタイルで写し続けている、新倉孝雄氏の写真集です。
 本書は、湘南と軽井沢を撮った写真から、60年代と、80年代終わりから90年代が混在するかたちで編まれています。しかし、ここに収められた写真は、撮られた時代が隔たっているのに、不思議なほど違和感がありません。人々のファッションが浮き彫りになりそうな、屈指のリゾート地をモチーフにしているにもかかわらず、そこでの時代性がかくも均質に展開されていることには、奇妙な感覚を覚えずにいられないでしょう。
 そういった均質性を感じる理由の一つは、私たちが思っているほど、戦後の日本は変化していなかったということがあるのかもしれません。目まぐるしく流行が移り変わっているように感じながらも、じっさいには根本的な変化は、さほどなかったのかもしれないということです。この意味で本書は、すぐれた文化批評でもあると考えることもできるでしょう。
 しかし、均質性を感じる理由は、それだけではないように思われます。出来事のクライマックスを縦位置で写した雑誌向けの写真が全盛の60年代に、カメラ雑誌に写真を持ち込み、苦言を呈された新倉氏は、次のような反論を投げ返したと述べています。「だけど、映画のスクリーンだってテレビのブラウン管だってみんな横位置じゃないですか」「雑誌の写真は縦位置の方がいいと決めつけないでください」。
 こうしたエピソードからうかがわれるのは、新倉氏が、今日的な均質化したスタイルを直感的に、60年代に先取りしていたように思われるということです。出来事のクライマックスにこだわらず、淡々と横位置で光景を写し続けてきた新倉氏の写真は、それゆえ今日、未来から過去を覗いたような魅力にも溢れているように見えます。
 『猿人全快』は、気鋭の新進女性写真家、吉野英理香氏によるスナップショットを編んだ写真集です。
 人混みに分け入り、人々の姿や表情を臆することなくダイナミックに捉えた吉野氏の写真は、技巧を凝らした作品も多い今日の写真表現の中にあって、小型カメラによる独特の眼差しとも言うべき、写真の醍醐味を感じさせてくれます。それはたんに、ストレートな写真ということだけではなく、写真というメディアを通すことではじめて拓かれた、瞬間における視点であり、アングルであり、コントラストやグラデーションでもあります。
 吉野氏の写真がダイナミックに見えるのは、たんに迫力あるシチュエーションを捉えているということではなく、そういった写真ならではの視覚が随所に埋め込まれているからにほかならないでしょう。今後のさらなる展開も期待させられる一冊です。
 『フル・ムーン』は、NASAが1967年から1972年にかけて行ったアポロ計画によって写された月面旅行の写真を編んだ写真集です。
 これまで私たちが目にしてきた月面旅行の写真は、報道写真として公開されたほんの一部の写真であり、かつ、複写に複写を重ねてクオリティが低下したものにすぎなかった、と本書には記されています。門外不出であったオリジナルを借用し、最新のデジタル技術を駆使して、3万2000点から129点を精選して作られてた本書は、写されながらも、今日まで私たちが知ることのなかった月面旅行の姿を、緻密でリアルな映像によって、ありありと見せてくれています。ロケット打ち上げから、月面着陸、離陸、地球への帰還を、そういった映像によって、時系列に再構成した本書を見ていると、誰もが、えもいわれぬ感動に包まれてくるに違いありません。
 そうした内容とは別に、月面旅行が夢であった時代、そして写真というメディアが圧倒的な力を持ちえていた時代のフィルムを、最新のテクノロジーによって甦らせた本書は、映像メディアの力を凝縮したような側面も持っているように思われます。時にはこうした映像に触れてみるのも、興味深い経験になるのではないでしょうか。