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[文庫で“読む”写真3:『カメラ』ジャン=フィリップ・トゥーサン/日本カメラ1999年7月号:111]


 日常の平凡に見える出来事をユニークに描写し、魅力的な物語に織りあげる独特のスタイルが人気の、ジャン=フィリップ・トゥーサンの三作目の小説にあたる本書は、タイトルもずばり『カメラ』。
 事を急がず、行く手を塞ぐ現実をくたびれさせて、機が熟したところを一気呵成に攻撃をしかけるのがモットーだという、ちょっと変わり者の主人公の“ぼく”は、ガールフレンドとの旅行で乗ったフェリーで、置き忘れてあったインスタマチック・カメラを拾う。残りのフィルムを、でたらめに撮りきって、カメラを海へ捨ててしまった“ぼく”は、こんなふうに夢想する。
 「…今やはっきりわかったのは、自分が船の中で撮ったのは、実はこの写真だったのだ、あの瞬間、ぼくは自分のうちなる写真を引き出すのに成功していたのだということで、夜、あの船の階段を駆け上りながら、写真を撮っているなどという意識すらほとんどないうちに、あんなに長いあいだ追い求めていた一枚の写真からぼくは解き放たれていたのであり、自分の存在の近づきがたい深みにはまり込んでしまっていたその写真を、生の一瞬の閃光のうちに捉えおおせていたのだということが、今になって理解できたのだった…」
 じっさいに、そのフィルムを現像してみると、自分が撮った写真は一枚もプリントされておらず、ネガを見てみると、「みんな露出不足になってしまったフィルムのそこここに、ぼくの不在が残したかすかな痕跡とでもいうか、形もはっきりしない何かの影が写っていた」のだが…。
 ありふれているように見えるシーンから、このような感情の微妙な揺らぎを引き出し、映像や存在の本質までたどり着く描写は、さすがは映画監督の経験もあるトゥーサンと思わせるもの。本書には、この他にも、カメラをめぐる、気になるシーンがたくさん詰まっている。