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[文庫で“読む”写真1:『ゴルフコースの人魚たち』パトリシア・ハイスミス/日本カメラ1999年2月号:103]


 人間心理の深い洞察に基づいた、独特のミステリを展開するパトリシア・ハイスミスは、映画『見知らぬ乗客』や『太陽がいっぱい』の原作者としてもよく知られているだろう。
 ふとしたきっかけから、人間が変化していく様子を巧みに描いた短編を編んだ、『ゴルフコースの人魚たち』には、カメラマンや写真が登場してくるストーリーが多く収められているが、なかでも、偶然撮った写真から、人生や価値観が変わっていく青年を描いた「事件の起きる場所」は、印象に残る一編である。
 ぱっとしない、地方のフリー・カメラマン、クレイグ・ロリンズは、事件が起きたときに、トイレに行ったばかりに、決定的瞬間を逃したかと思った。が、彼のフィルムには、 事件の重要な被害者が写っていた。その写真で、ピューリッツァー賞を受賞することになったクレイグは、一躍有名人となり、被害者を撮った自分の苦悩をも、売りにするようになる。そして、そうした物語に自分自身が飲み込まれ、ついには、“神と己の良心の探索”を“新たな天職”と自ら信じ込むようになってゆく…。
 ステーションワゴンで妻と全米をまわり、貧しい家族、事件の被害者、不良少年、動物園の哀れな動物などを撮り、“社会の裏側を写しだすカメラマン”として、“神と正義のあいだで揺れる内面的な葛藤を反映したキャプションを、それぞれの写真の下に添えて写真集を出そう”、とクレイグが考えるラストシーンは、誰しも多くの写真家の姿とオーバーラップさせてしまうのではないだろうか。
 辛辣でスパイスのきいた細かな人物の描写を得意とする、ハイスミスならではの後味の悪さで、読者を唸らせる短編だ。