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[芸術家の熱気が輝いた時間を再現するスリル、コクトーが撮った午後:『ピカソと過ごしたある日の午後』紹介/アサヒカメラ1999年8月号:139]


ピカソと過ごしたある日の午後―コクトーが撮った29枚の写真  本書のタイトルだけを見ると、芸術家の写真と逸話をまじえた、ありがちな評伝ものの一冊かと思われるかもしれない。構成は、たしかにその通りとも言えるのだが、しかし、本書はけっして、“ありがち”なものではない。それどころか、驚きと感動に満ちた希有な書物と言うべきだろう。

 著者のビリー・クルーヴァーは、20世紀初頭のモンパルナスに集った芸術家共同体の資料写真を収集するうちに、グループにまとめることができる一連の写真を発見する。さまざまな方法や資料を駆使して、撮影日時、被写体、撮影者、撮影順を解き明かしていくうちに、次のようなことが浮かび上がってくる。

 日時は、1916年8月12日、場所は、第一次世界大戦中のパリ。撮影者は、母親のコダックを携え、モンパルナスを訪れた詩人、ジャン・コクトー。被写体となったのは、画家のパブロ・ピカソ、モイース・キスリング、アメデオ・モディリアーニ、詩人のマックス・ジャコブ、アンドレ・サルモン、トップ・モデルのエミリエンヌ・パクレット・ジェスロなど。

 本書で浮かび上がっているのは、「事実」というよりも、若き芸術家たちが集い、コクトーが初々しい眼差しでそれをフィルムに留めたという、生々しい「時」である。ページをめくるごとに、現代美術の活動がようやく肯定されようとし、芸術家共同体がそれを育み高めようとする息吹に満ちた「時」に触れる、驚きと感動がここにはある。

 20世紀初頭の芸術をめぐった本は数多いが、本書ほどに当時の状況をスリリングに味合わせてくれる書物は、ほかにないだろう。