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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #159 1997 early spring:112-113]


 ここ数年の写真の傾向として感じられるのは、写真表現の安定感とでも言うべきものでしょう。1980年代に写真の多様化が云々されてからしばらくが経ちますが、その過程を今日から見直してみますと、それは、実験的な表現がなされた時代というよりも、写真と呼ばれる範疇が拡大され、表現する側も鑑賞する側も、それに感覚的に馴染んでいった時代であるような気がします。こうしたことを申しますのも、新しく出版されている写真集を見ていると、それらは単に新しいというだけではなく、何らかの着実なバック・グラウンドが伺えることが多いからです。
 瀬戸正人氏の『部屋-LIVING ROOM, TOKYO』は、89年から94年にかけて撮られた東京に住む人々の記録です。自分が住む部屋とともにここに登場している人々は、日本人・タイ人・インド人・フィリピン人…と、まことに多彩です。本書を見ていると、表紙に記された言葉「扉の向こうに世界を覗く――生々しくとらえた国際都市・東京の現在」を実感するとともに、この作品をまとめあげた瀬戸氏の感嘆すべき、したたかな力を伺うことができます。
 このところ、いくつかの賞を受け、発表活動も盛んで、注目されることが多い瀬戸氏ですが、彼は80年代の後半から自主ギャラリーを持つなど、独特のスタンスで自らの表現を淡々と磨き上げてきた写真家です。穏やかに見える作風の中に光る、そのシャープな眼差しは、本書でも、演出と非演出の狭間を行くような空間を創出しており、片面8メートルの特殊製本の効果と相俟って、この写真集を単なる記録を超えたリアリティをはらむものにしています。
 『DAYS ASIA』は、写真と文章によるノンフィクション『アジアン・ジャパニーズ』で知られる新進気鋭の写真家、小林紀晴氏の初めての写真集です。68年生れの作者による本書には、初々しいながらも、どこかに言わば熟達した眼差しが感じられます。それは、アジア放浪の最中で自由闊達に撮られたスナップ・ショットが、艶消しの印刷で提示されているところから、作者自身の意識はともあれ、前号で紹介した藤原新也氏の斬新な登場以降とてもポピュラーになった表現技法が伺われるからなのかも知れません。またあるいは、大学卒業後、新聞社のカメラマンを務めるが退社し、若くしてアジア放浪の旅に出たというプロフィールが、典型的なある種の写真家のライフ・スタイルを浮き上がらせるからなのかも知れません。
 いずれにせよ確かなのは、本書は初々しい写真家の心の響きに満ちてはいるものの、写真表現として斬新であるわけではないことでしょう。むろんこれは、決して否定的に受け取るべきことではないはずです。むしろ、こうした写真表現を自然に提示し受け入れる土壌がこの時代に育まれたことを踏まえつつ、小林氏のような若い写真家がその表現を今後どのように展開していくのかを大いに期待するべきでしょう。
 ユニークな写真集を続々と出版しているフォト・ミュゼ・シリーズから刊行された、女性の写真では定評があるリュウ・ハナブサ氏の『BACK』は、文字通り、氏がこの10年間に女性ヌードを後ろから撮った写真をまとめた写真集です。過激さや話題性が売り物のヌードが多い今日にあって、後ろ姿のヌードと言うと、どこか物足りないような感じがするかも知れませんが、本書に関しては決してそんなことはありません。むしろ、もともと優雅なエロティシズムを漂わせるハナブサ氏の写真表現独特の眼差しが、後ろ姿という抑制された世界の中で、逆に、存分に溢れ出ている写真集だと言ってよいでしょう。
 このようなハナブサ氏の写真集もまた、ヘアヌード全盛の時代を経て、写真の多様化に感覚的に馴染んだ今日だからこそ、そこに漂うエロティシズムを、私たちがゆとりをもって味わうことができるようになったのだと考えることができるかも知れません。
 今日の写真評論をリードしている飯沢耕太郎氏の『写真とグロテスク』は、話題になった『写真とフェティシズム』の姉妹編とでも言うべき一冊です。帯には「銀塩に刻まれた死と腐敗とエロスのヴィジョン」という、何やらおどろおどろしい言葉が記されていますが、内容は写真の多様化による今日のリアリティの変容の根底を照らし出すような質を持った、いたってシリアスな視点をはらんだテキストです。
 荒木経惟、ロバート・メイプルソープ、ナン・ゴールディン、ラリー・クラークといったこの時代の写真表現を賑わし続けている写真家、マドンナ写真集『SEX』といった話題作、そして午腸茂雄、ベルナール・フォコン、サリー・マンといった独特のこだわりを持った写真家などを紹介している本書は、写真と呼ばれる範疇の拡大と多様化の過激な源泉をたっぷりと伺わせてくれます。また本書には写真図版も数多く挿入されていますが、その中には、なかなか目に触れる機会がない写真もありますので、その意味でも注目の一冊だと言えるでしょう。
 『アンセル・アダムスの作例集』は、雄大な大自然の魅力を素晴らしいモノクロのファイン・プリント作品に仕上げる、世界の巨匠アダムスが、自選の傑作40点に撮影機材や撮影技術などのデータを含んだ詳細な解説を付した写真集の待望の翻訳です。写真の多様化は、また一方で、クラシック・カメラやゾーン・システムによるファイン・プリントといったブームを浸透させましたが、本書は、既刊の『アンセル・アダムスの写真術』全3巻とともに、そうした関心に実によく応えながら、撮影の実用的な参考にもなる、優れたテキストになっています。