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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #157 1996 summer:92-93]


 前回は、いくつかの写真集をめぐりつつ、写真は記録か表現かというかつて問題が、時代の中で形を変え、様々な手法による、様々な表現というふうに、より複雑になってきているという話をしました。
 言い換えれば、今日では、写真は記録でなければならない、あるいは、写真は表現であるべきだ、といった主張が声高になされるのではなく、より繊細に、様々な手法や表現が模索され、吟味されているということでしょうか。少し難しい言い方をするなら、写真表現の修辞法とでも言うべきものが、問題になってきているということかも知れません。このような状況は、このところ新しく出版されている写真集を見ていて、いっそう強く感じられることでもあります。
 畠山直哉氏が、北海道から沖縄までの石灰石鉱山や石灰工場、セメント工場を、1986年から94年にかけて撮影して編まれた、『LIME WORKS』(株式会社シナジー幾何学・3800円)は、一見すると、鉱山や工場を緻密に写した写真に見えます。しかし、ページを捲っていくにつれて気づくのは、それだけでなく、鉱山や工場独特の光景を照し出す色彩が、繊細に写され、定着されていることでしょう。写真を撮ったことのある者なら、誰しもすぐに思い当たることでしょうが、光の微妙な変化によるこうした色彩を写真に定着することは、様々な労力と注意が必要とされます。そうした努力を惜しまず編み上げられた本書には、たんなる鉱山や工場の光景を越えて、読み解かれるべきものが込められているように感じられます。そして、このように感じるとき、モノローグの小説風に書かれた畠山氏の文章の次の一節が、とても印象的です。
 「通信や交通の発達によって僕たちは、すでに地球の表面積を精神的にさらに狭めつつあるのかもしれない。だが、見ること、というイデオロギーによって成立する世界の多様性を確認してゆくことは、逆にそれを押し広げる方向に作用するものだろう。僕の妄想の中で三つの球体が伸び縮みしながらくっつき合う。地球、脳、そして眼球」。
 『眠そうな町』などの写真集でも知られる武田花氏の『猫・TOKYO WILD CATS』(中央公論社・4800円)は、既刊の『猫 陽のあたる場所』の続編とでも言うべき、町に出没する猫たちの、のどかで、時にワイルドな様子を撮った写真集です。けれどももちろん、本書は言うまでもなく、「猫の写真集」という言葉に収まるような本ではありません。本書の写真から伝わってくるのは、猫の息遣いであるとともに、武田氏の町を歩く歩調であり、また、そこから垣間見える、町というものに孕まれている特有の雰囲気です。
 こうした何かとの出会いによって写された、ユニークな瞬間の写真の手法にふさわしい呼名を探すとすれば、おそらくはスナップ・ショットという言葉でしょう。そうして見ると、猫のいる路面に作者の影が写り込んだ写真、墓地の隙間を歩く猫、光る路面をまるで影のように通り過ぎてゆく猫といった写真などは、まさにスナップ・ショットならではの写真であることに気づきます。本書の写真のほとんどが、町の光景を描写しているわけではないのにもかかわらず、そこに町というものに孕まれている特有の雰囲気が漂っているのも、武田氏が、スナップ・ショット的なカメラ・アイで猫を追っているからではないでしょうか。
 1960年代に制作された『地図』のシリーズでの、象徴的なイメージを重ねていく写真表現が良く知られている川田喜久治氏の『ラスト・コスモロジー』(491・4500円)は、近年、川田氏が取り組んできた「空に向けた」写真がまとめられた写真集です。「空に向けた」と言っても、窓から見える落雷から、星の日周運動、日蝕、金環蝕、月面までの写真が収められた本書を、たんに空や星の写真集と言う訳にはいかないでしょう。川田氏は、こうした広がりを持つ本書の写真について、次のように言っています。
 「私の(コスモロジー)は、写真化された一枚の紙の中のメタファーで、しかも歪みのあるなまのイリュージョンですから、ときに、エキゾチシズムの香りと赤外線シャワーのなかの宇宙の果てともいえるこの地球のさまざまな物質と、燃え上がるHα線の太陽の彩層が放つ終焉のイメージとが重なったり、また、パラダイス・ロストの樹木のエッセンスと月明かりの都市を流れる水道管などのコスモスへと、かなりの低空飛行と急上昇とを繰り返さなければならなかったのです」。
 様々な意味が凝縮されている本書の写真を、とても一言で語り尽くすことはできませんが、一つだけ言えることは、磨き抜かれた川田氏の象徴的な写真表現の修辞法が、ここでは言わば宇宙論的な広がりを持つ世界をも、語ることを可能にしているということではないでしょうか。
 松本徳彦氏による『写真家のコンタクト探検』(平凡社・1900円)は、このように様々な手法や表現に関心を払いながら写真を見てみるとき、たいへん興味深い一冊でしょう。長野重一、土田ヒロミ、江成常夫といった36人の写真家各氏の、コンタクト・プリントを見ながらのインタビューを通して書かれた本書からは、松本氏が「コンタクトには、撮影したときの作者の動機や意図といったものから、撮っている過程において起こった、その時々の出来事のすべてが連続して写っている」と言うように、写真表現の修辞法が、それぞれの写真家の手法や表現として獲得される様子を伺うことができます。