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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #155 1996 early spring:100-101]


 『SAHARA! 金の砂 銀の星』(文藝春秋・2800円)は、『RAKUEN』などの、透明感に満ちた写真で知られる三好和義氏が、サハラ砂漠を撮った写真集です。本書の写真では、モノクロとカラーの両方が用いられています。モノクロでは、砂紋や地表の形態が、ハイコントラストで捉えられ、カラーでは、砂漠を染める光の色合いに関心が払われ、さらに、それらの写真がつや消しのマット系の紙に印刷されることによって、砂漠の風景がとても抽象化されています。また、「魂が飛翔する断崖から男たちは彼岸を見ている。死は普遍であり生は奇跡である」、「美はそして虚無に至る」といった、ページに織り込まれた言葉も、砂漠の風景から導き出される想像的な空間へと読者を誘う、大きな役割を果しています。
 このように形作られている本書が浮び上らせる世界を、端的に形容するコピーが帯には記されています。「そこはこの星で最も過酷だ。だから、最も美しい--」。この意味で本書は、サハラ砂漠の風景写真というより、この星で最も美しい、想像的な空間としての〈そこ=SAHARA!〉が、サハラ砂漠を舞台に、写真集という媒体によって描かれた本だと言えるでしょう。
 『カムイの海』(朝日新聞社・3700円)は、優れた水中写真で知られる中村征夫氏が、3年間に渡って知床の海中を取材した成果をまとめたものです。大きなものから、ミリ単位の小さなものまで、水中の生物が驚くほど鮮やかに捉えられたこの写真集の特色は、それぞれの写真に、コピー風の言葉が付してあることでしょう。  「あなたは猫、それとも魚? エゾクサウオのいつものポーズは、ちょっと悩ましい。体長25センチ」、「あるときはウリクラゲ、またあるときは空飛ぶ謎の発光物体。体長10センチ」。私たちになじみの薄い水中の生物の写真は、こういった言葉によって、図鑑的な堅苦しさが和らげられ、時にコミカルで時にシリアスな、とても親しみやすいイメージとして、読者へと届けられるようになっています。
 書店の写真集コーナーへと足を運ぶと、自然や生物を写したものが、隠れたブームと呼びたいくらい、思いのほかたくさん出版されていることに気づきます。そして同時に気づくのは、その多くに、三好氏や中村氏の写真集にみられるような、コピー風の言葉が効果的に織り込まれていることです。自然や生物の写真集の隠れたブームの背景には、どうやらこうした写真集作りの変化があるようです。

 日本の近代写真を捉えるうえで、見逃すことができない、2人の写真家の写真集が出版されています。桑原甲子雄氏の『東京1934~1993』(新潮社・4500円)と、植田正治氏の『SHOJI UEDA PHOTOGRAPHS』(宝島社・2900円)です。
 桑原氏の写真集は、タイトルに記されたとおり、戦前から今日まで半世紀以上に渡って撮られたものから、700点以上の写真を選んで編まれた本です。これだけのボリュームの写真を、ひとくちに語ることはとてもできませんが、ページを捲っていて強く感じられるのは、街を歩き写真を撮る桑原氏の、モダンな身振り、氏の言葉を引くなら次のような行為です。「家業のひまを見つけて外出、ある時は自転車で周辺の下町をぐるぐる廻ったりした。ライカと数本のフィルムを手離すことはなかった。…ただ東京の町を歩くこと、気の向くまま、足の赴くままにシャッターを切ることが行われたことはたしかだ」。
 植田氏の写真集も、30年代から90年代までの写真が編まれたものです。本書からは、構成的と言われる厳密なスタイルで、ほとんどの写真を生れた鳥取県で撮り続けている植田氏の、写真を制作するモダンな眼差しの一貫性を見ることができるでしょう。この一貫性は、同時に出版された、人物を題材にした写真を編んだ『SHOJI UEDA PHOTOGRAPHS I-ひと、たち』、事物を題材にした写真を編んだ『SHOJI UEDA PHOTOGRAPHS II-もの、たち』(共にPARCO出版・3200円)において、いっそうはっきりと感じられます。
 両氏の写真は、とても異なって見えますが、アマチュアリズムによって一貫したモダニティを保持し続けているという点では、共通しています。桑原氏と植田氏のこれらの写真集は、その内容が味わい深いものであるのはもちろんのこととして、今日の写真表現にも深い影響を与え続けている、モダンな身振りや眼差しを捉え返す、貴重なテキストでもあるように思われます。

 このところ、ヌード写真が関心を呼ぶことが多くなっていますが、話題性ばかりが先行しているのは、いささか残念なことかもしれません。洋書の日本語版として出された、『THE BODY-写真における身体表現』(美術出版社・2800円)は、そうした興味本位なヌード写真への関心から、一歩進んだ視座を与えてくれる写真集だと言えるでしょう。「断片性」「人物像」「エロス」「アイドル」「鏡」「政治性」などの12章から、身体を対象にした写真を捉え返している本書は、ヌード写真について考える多様な切り口を、ヴィジュアルに学ばせてくるでしょう。