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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #158 1996 autumn:86-87]


 このところ、かつての作品の再版(新版)、あるいは写真家の仕事を回顧するといった類いの写真集の出版が、よく眼につくような気がします。
 例えば最近の写真集で言えば、そうした傾向がよく感じとれるものとして、藤原新也氏の『全東洋写真』や、長倉洋海氏の『地を這うように/長倉洋海全写真1980-95』をあげることができるでしょう。いずれも、すでに幾冊かの写真の名作の復刻を手がけてきたフォト・ミュゼ・シリーズ(新潮社)からの出版で、どちらも、500頁を前後する大冊です。
 『全東洋写真』は、1944年生れの藤原氏が、「二十代の頃から現在に至るまでに撮られたいわば“アジア写真"の集大成である」と言うように、話題作『全東洋街道』などを含んだアジアで撮影された写真を、再び編んだ写真集です。藤原氏独特の写真は、多くの読者にとってすでになじみがあるものでしょうから、ここでそれを説明することは避けますが、写真を見ることについての、作者の次のような印象的な言葉を引いておきたいと思います。
 「思うに写真というメディアが出来て百年以上も経ち、今日では身のまわりの環境とすらなっているにもかかわらず、いまだに私たちは写真を読むことに関しては無知である。…人にはなぜ一枚の写真を文字本を読むのと同じくらいの時間をかけて見つめる読解力と観想力、そして想像力が欠如しているのだろうか。私はこの場を借りて、あらためてその問いを見る者に発しながら、私のアジア写真に映る空気と時間は、そういった『時間の視線』に耐えうるものであるということをも、合わせて伝えておきたい」。
 『地を這うように/長倉洋海全写真1980-95』は、タイトルに記されているように、長倉氏が、フリーランスのフォト・ジャーナリストとして活動をはじめた1980年から今日に至るまでの、アフリカや中東の戦場、エル・サルバドルの革命地、フィリピンのスラム、アフガン・ゲリラといった、一匹狼的な果敢な取材の軌跡を編んだものです。激変の地を経験してきた長倉氏は、本書の中で、思いのほか静かな言葉で写真の魅力を次のように語っています。
 「私にとって、写真の魅力とは何なのだろう。それは写真を撮ることが、そのまま『人との出会い』であったことだろう。『人』を撮るには、一瞬でも、その人の中に入り、何かを共有する。…『人』との出会いのない写真からは、『人間の息吹』が感じられない。一枚の印画紙を超えて、見る人に語りかけ、何かを問いかけてくる写真を私は撮りたいと思う」。
 藤原氏や長倉氏が語る、写真を見ることや写真の魅力についてのこうした言葉が印象的なのは、それが両氏の深い経験から発せられた言葉であるとともに、ある意味で、両氏が今、かつての写真を再編することの意義について控え目に語っている言葉でもあるからでしょう。
 かつての作品のリヴァイヴァルは、考えてみれば何も写真に限ったことではなく、様々な文化においてこのところみられる傾向でもあり、改めて着目するほどのことではないのかも知れません。しかし、にもかかわらず、それがなぜか興味深く感じられるのは、そこでなされていることが、たんなる再評価・再発見といった類いの歴史的な捉え返しではなく、かつて、今この時という同時代的なリアリティの中で生み出された作品が、再編という行為の中で、再び今日の同時代的なリアリティの中に受け止められようとしているという、不思議な感触がそこにあるからではないでしょうか。藤原氏や長倉氏の写真集やその中の言葉が印象的なのは、言い換えれば、そうした不思議な感触を通して、現在の写真のリアリティの在処を照し出しているからなのかも知れません。
 橋口譲二氏の『職/1991~95/WORK』は、様々な職業の人々とその背景を正面から撮り、彼/彼女たちのコメントをともに提示するという、高い評価を受けた『十七歳の地図』や『カップル』などでも用いられた手法による写真集です。もちろん本書は、再編ではなく新作ですが、にもかかわらず、どこかしら先に述べた不思議な感触に通底するものを感じとることができます。それは端的に言うならば、多くの人々の記録の蓄積から、何かを語ろうとする、繰り返しの手法によって、職といういわば歴史的な事柄の意義を、同時代的に見出そうとする努力を、この労作の中に見ることができるからでしょう。その努力は、本書では同じ職に就く若者と先輩が並置されていることから、いっそう強調されているように思われます。
 このように現在、写真集というメディアは、たんに写真を発表する媒体としてではなく、多様化し複雑化する写真表現の同時代を浮び上らせるメディアにもなっているようです。しかし、その分、写真集というメディアが形作る世界は、もしかしたら少し入口を見きわめにくいものになってきているのかも知れません。『リテレール夏号/特集-写真集を読む』は、特集タイトルだけを見ると幾度も繰り返された企画のようにも見えますが、内容は、写真評論家や写真編集者諸氏の、写真集をめぐる貴重な声や、ギャラリーや美術館、写真集が豊富に揃う書店リストなどで、とても充実しており、写真集を味わうための良きガイドブックとして、読者を写真集の世界へと誘ってくれることでしょう。