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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #153 1995 summer:82-83]


 戦後50年を数える今年は、写真というメディアが何を見てきたのかを振り返り、また同時に、半世紀のあいだに写真表現がいかに変容してきたのかを捉え返す、よい機会であるといえるでしょう。
 例えば、書店を歩いていると、写真メディアが見てきたものを資料として用いて、戦後を振り返ってみようとする写真集が多く刊行されているのが目につきます。そのもっともオーソドックスな試みのひとつとして、『戦争と庶民1940〜49』(全5巻を7月迄に順次刊行・朝日新聞社・各巻2300円)をあげることができるでしょう。このシリーズに特徴的なのは、「第1巻/大政翼賛から日米開戦」「第2巻/窮乏生活と学徒出陣」「第3巻/空襲・ヒロシマ・敗戦」「第4巻/進駐軍と浮浪児」「第5巻/占領下の民主主義」という各巻のタイトルを象徴するようなさまざまな出来事を、多くの写真を大きく用いながら振り返っていることです。“戦後50年、写真が語る時代の貴重な証言”というコピーがよく物語っているように、ここで行われているのは、写真の事実性ないしは客観性をできるだけ活かしながら、時代の記録としての写真に語らせるという方法であるように思われます。
 このように、記録としての写真で時代を再現しようとする方向性に基づくのが『戦争と庶民1940〜49』シリーズであるとすれば、『毎日ムック・戦後50年』(毎日新聞社・2800円)にみられるのは、時代のリアリティを呼び起こす記号として写真を用いる試みであるといえるでしょう。別のいいかたをするなら、事象の教科書的な重要性にとらわれず、積極的に風俗を捉えた写真が織り込まれ、マンガのカットなども挿入されている同書では、資料としての写真メディアが見てきたものを編集するという方法が積極的にとられているといってよいでしょう。
 こうした写真集を見るとき感じるのは、写真は記録であると同時に、かならずしも固定化した記録ではなく、何らかの意味でつねに編み直される資料でもあるということです。したがって、写真メディアが見てきたものを資料として用いられた写真集を見るときには、そこに写っているものだけでなく、それを編んだ方法や方向性をかたわらで考えながら見ることが重要であるように思えます。
 さて、江成常夫氏による『まぼろし国・満州』(新潮社・5000円)では、そうした写真集とは違った角度から、戦後を捉え返すことが試みられています。1989年から95年にかけての中国東北部への4回の旅によって江成氏は、宮廷府・関東軍司令部・満映協会・大和ホテル・開拓団の家といった満州国が残したさまざまな痕跡を、粘り強く写真に収めようとしています。単純な見方からすれば、現実を写す写真には、過ぎ去ってしまったことは写せないといえますが、江成氏の写真集では、抑揚を抑えた写真とキャプションによって、私たちが日常の中で忘れ去っている光景の意味を異化し、痕跡を繋ぎ合わせ、満州国建設という事象のみならず、その後の歴史をも含めて検証しようとする試みが、写真というメディアによってなされているといえるでしょう。
 むろん、こうした試みは一朝一夕になされうるものではなく、一貫して、戦争花嫁・中国残留日本人孤児・広島といった、ともすれば忘れ去られようとしている事象を、写真によって捉え返すことを繰り返してきた江成氏が培い磨き上げてきた、独特の方法論、そして確固たる信念に基づく視点があってはじめて成立していることも忘れてはならないことです。写真集の冒頭に付された次のようなコメントからは、それを強く感じることができます。
 「高邁な理想も隠れ蓑にすぎず、幻想のもとに消滅した『まぼろし国・満州』−−そのもとで、どれほどの中国人や朝鮮人、あるいは満州国に身を託した日本人が翻弄され、辛苦を強いられたか。崩壊から半世紀が過ぎて、今や満州国は遠い記憶の存在になりつつある。が、歴史の事実が掻き消されるはずはなく、まぼろし国が遺した原像は興亡の墓標となって、中国の大地に今もある」。
 江成氏の写真集が、写真家の視点によって力強いものになっているように、戦後の写真表現の変容を一言でいうならば、何を写したかということと同じくらいに、あるいはそれ以上に、どのような視点でいかに写されたのかということが問われるようになったということでしょう。そうしたことを考えてみるのには、写真も豊富に収めた、絶好の新刊が2冊出されています。
 三島靖氏による『木村伊兵衛と土門拳−写真とその生涯』(平凡社・1800円)は、戦前から戦後への写真表現の変容を受け止めそして果敢に体現していった、2人の日本を代表する巨匠をめぐる本です。巻末に記された膨大な参考文献をいっけんしてもわかるように、徹底したリサーチを背景に、いろいろなエピソードを交えて書かれた同書は、とてもわかりやすく、戦後の写真の原点を味わえる一冊です。
 飯沢耕太郎氏の『東京写真』(INAX・2678円)は、桑原甲子雄・内藤正敏・森山大道・荒木経惟・宮本隆司など、東京を捉えてきた10人の個性豊かな写真家をめぐった本です。木村伊兵衛と土門拳という2人の巨匠の後に、戦後の写真家たちが試行錯誤を繰り返しながらそれぞれの方向性を探り、いかに写真表現の新たな地平を切り開いていったかを楽しみながら読むことができる一冊だといえるでしょう。