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[現代写真との対話5:<写真が誕生したときの驚き>とは…/日本カメラ1995年8月号:186-187]


 たいていの写真史は、作家や作品の歴史として記されています。そうした写真史に照し合せて、19世紀の終りから20世紀にかけての写真を見るとき、あんがい見逃してしまいがちなのが、その時代に写真が、労力と時間と専門的な技術を必要とするものから、誰もが用いることのできるメディアへと変容していったことでしょう。今日では当然のことにみえるからこそ、この変容を、ふたたび見直してみる必要があるのではないでしょうか。

 写真の独特の面白さや楽しみを語るとき、また写真表現の魅力を捉え返してみようとするときなど、今では忘れられている〈写真が誕生したときの驚き〉を思い起こしてみよう、などといわれます。そんなとき想像してみるのは、はじめて外界が像として定着されているのを見て、驚いている人々の姿といったものでしょう。しかし、新しい技術が現れたとき、人はあんがい早くそれに慣れてしまうものです。とりわけ、あらゆる分野で技術が発達し、それが大衆化していく近代においてはそうでしょう。
 19世紀半ばに誕生してから写真は、肖像写真、あるいは調査・開拓・戦争などの記録の手段としての写真、また逆に合成や修正によって絵画を模して写真を芸術化しようとする写真など、さまざまな関心がからみあいながら変容していきました。しかしそうして残された写真を現在見返してみるとき、見逃してしまいがちなのが、写真が思いのほか早い時期に大衆化していったということではないでしょうか。はじめはたいへんな労力と時間と専門的な技術を必要とした写真術は、高まる需要による競争によって、多くのひとが簡単に手に入れられるだけでなく、さらに自分で撮ることもできるような技術として広まっていくのです。19世紀の終りには、「写真の何の知識もいりません。暗室も薬品も不要。あなたはボタンを押すだけ、後は私たちが引き受けます」というキャッチフレーズでコダック・カメラが生産され、10万台以上も売れて成功したことは、このことを端的に物語ってくれる例でしょう。
 それだけでなく、新しい交通手段の発明により産業が急速に発達した一九世紀末は、写真術をとりまく環境にも大きな影響を与えていきます。写真の機材や感材が発達していくのはもとより、写真を文字とともに印刷する技術や、電送する技術が生れてきます。前回、定着した像を無数に複製することができ、また定着された像は簡単に持ちはこべるという写真を特徴づける技術が徐々に成熟したからこそ、写真は写す対象をそのまま再現するという認識が行き渡ったとさえいえるかもしれない、ということを述べました。19世紀の終りから20世紀にかけての時代は、まさにそのことが現実のものとなっていった時代だといえるでしょう。
 「未来の文盲は、ペンと同様、カメラの使い方を知らない者のことになるだろう」。そのような時代の活力を集約したようなこの言葉は、19世紀の終りにハンガリーに生れたラスロ・モホリ=ナジ(Laszlo Moholy-Nagy)のものです。この言葉にとどまらず、そうした時代の活力のなかで写真の新しい在り方を模索した彼の思考には、写す対象をそのまま忠実に再現するという科学性を軸に、空間的・時間的に見えるものの領域を拡大していった写真が、どのような認識の変容を人々や社会に与えていったのかが、浮き彫りになっているように思われます。
 1920年代にベルリンに移ったモホリ=ナジは、多くの前衛芸術家たちと出会い、はじめての絵画と彫刻による個展を開き、「芸術と技術――新しき統一」という指導理念を掲げた美術・デザイン・建築の教育機関バウハウスの学長グロピウスに認められて、教授として招かれました。画家として出発した彼は、立体造形、映画、宣伝美術、舞台美術などさまざまな制作活動に携わるとともに、芸術と技術を生活において総合するという表現の新たな役割を教育者として説いていくようになります。そして、そうした役割を担うのにぴったりな新たなメディアとして、写真に注目していきます。つぎのような文章からは、写真メディアへの彼の期待をよくうかがうことができるでしょう。
 「写真装置は我々の視覚器官、目を、より完全なものにできる、というより補うことができるのである。…我々は写真装置のうちに、客観的視の始まりへの信頼するに足る補助手段を所有していることになる。一般に主観的な態度表明に達しうる前に、誰もが光学的に真実のもの、それ自体明確なもの、客観的なものを見る必要があろう。…人々は……現に存在する技術の試験に基づき正しい問題設定をすることにより……多くの技術的革新と可能性を手に入れることができよう。…さらに年月がいくらか進み、写真技術の熱狂的支持者がいくらか増えれば、新しい生活は写真が最も重要な要因の一つとなって始まったということが一般的認識になるだろう」。
 現在でも私たちは、〈写真の可能性を探る〉などとよくいいますが、それが何に向かってのどのような可能性なのかすら、はっきりしていないことがしばしばです。しかし、ここに読むことができるモホリ=ナジがみた写真の可能性は、とても明確です。思い込みや錯覚を越えて、より客観的な誰もが納得できるような認識の基盤を形作る大きな助けになるというところに、彼は写真の可能性を見出したのです。そのことを考えるとき、彼が記したつぎの「写真的視覚の8つの変化」は、とても興味深いものです。
 1−光によって創られる形態を直接記録する抽象的観察/フォトグラム
 2−事物の外観を正しく定着させる正確な観察/ルポルタージュ
 3−可能な限り短時間に運動を定着させる敏速な観察/スナップ・ショット
 4−時間を引きのばし、運動を定着する緩速度の観察/ヘッドライトの軌跡やフォルムの伸長
 5−次のものによって強調される観察/A−マイクロ写真・B−フィルター
 6−レントゲン線で透視する観察/X線写真
 7−透過や多重露光による同時観察/機械的モンタージュ
 8−歪曲された観察/自動的につくられた光学的ジョーク
 今日からみると、いろいろな写真の機能が並列しているこの分類表は、いささか奇異なものにすらうつるものです。しかし逆にここでは、具体的な写真の役割と切り離されている分だけ、新しい視覚の認識の科学としての写真に何が可能かということをめぐる考察が、とても明確に浮び上っています。いいかえれば、写す対象をそのまま再現するものとしての写真を越えて、写真に写ったものこそが対象の真の姿だとするような、いわば現実や客観性そのものの自律的で科学的な基盤として写真を捉えていこうとする彼の意志と時代の活力が、ここにはよくあらわれているのです。
 20世紀の前半は、情報の領域であれ、芸術の領域であれ、科学の領域であれ、発達し普及していった写真がさまざまな場面で用いられていく時代です。その背景には、モホリ=ナジの思考に集約されているような、空間的・時間的にそれまで見ることのできなかった領域を、見えるものとして発見していくメディアとしての写真への期待が、分ち難く存在しているといえるでしょう。現在の私たちには、そうした思考は驚くほど楽天的な期待に裏づけられたものにみえるかもしれません。しかし別の見方をするなら、それは現在の私たちが、写真術が見えるものとして発見したさまざまなもので形成された客観性を、自明の認識の基盤としているからこそいえることかもしれないのです。
 この意味で、現在の私たちは〈写真が誕生したときの驚き〉を思い起こしてみるよりも、それをもはや思い起こすことができないくらいに、写真がもたらした認識の変容が一般化し、自明化されていることに驚くべきかもしれません。少なくとも、とりわけ19世紀の終りから20世紀前半にかけての写真を振り返るとき、このことは忘れてならないことではないでしょうか。