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[日本の写真論を読む7:中平卓馬「なぜ、植物図鑑」か1―問い直す「写すということ」/日本カメラ1994年7月号:144]


 「近代の歴史は世界と私をまさしく二元的に対立する絶対物と仮定し、その図式にのっとって世界を私の、人間の欲望通りに道具化し、変形してゆく歴史であった。…今さら言うまでもなく、近代の芸術とは、要するに作家と呼ばれる個人に投影された世界の像、いやそうではなく反対に、作家があらかじめもつ、世界はこうであるという像の世界への逆投影であった。それがイメージと呼ばれるものの正体である。…作者たる個人がもつ世界についての像が全てに優先され、それを作品を見、作品に触れる多数者のもつ同様な像に合致させるということがすべてであり、と言うことは、彼らが慣れ親しんだ既成の図式、彼らが現実に対してもっている既成の観念を裏切らず、それらに照準を合わせて解説してみせさえすれば表現行為は終ったのである」。
 中平卓馬は、「なぜ、植物図鑑か」において、それまで自明化されてきたこのような芸術−作家という表現の構図に問いかける。あらゆる近代の芸術は、つねに作家の主体をどのようにしたら客観化できるのかという問いを根底に横たわらせてきた。人間の行為は、選択の営みとして現れる。だが、行為そのものは、いわばたんに行われるというほかない、盲目的な力を本性としている。したがって、個人の身体に生起する行為は、その内面としての自意識という領域に選択の営みとして帰属させられなければ、たんなる恣意的な力の発露に過ぎない。こうして芸術は、不可避的に、選択の営みが自意識という領域に組み込まれ、また人々がそうみなす客観化された主体を規範として要求する。作家を成立させ、また芸術の成立を条件づけている、このような支配的関係としての主体の客観化という場面を問う中平は、写真それ自体にすでにこうした構図が必然的に内在していたことを見出すことになる。
 「カメラはわれわれの見るという欲望の具現であり、その歴史的累積が生んだひとつの技術であり、それ自体ひとつの制度であると言えるだろう。カメラはすべてを対象化し、私からの距離を隔てることによって、世界を客体と化す。四角いフレイムに現実を切りとること、一点に集約すること、そのことによって私は、たとえそれが現実の一部であるにすぎないとしても、それを所有することができる。その意味でカメラもまた主体・客体という二元論に根ざす近代のロジックを不可避的に背負っている」。
 言葉や絵画と違って、機械によって生み出される写真映像は、主観の領域に未分化の状態でとどまる位相をもたない。それは直接的に、ある意味で客観的な在りようを指示する。中平は、このような写真の性質を、芸術−作家という表現の構図を補完するものではなく、まさにその構図を内在しているがゆえに、従来の芸術形式の価値を転倒しうるものとして捉え返し、それを写真独自の位相として位置づける。
 「対象と私との間をあいまいにし、私のイメージに従って世界を型どろうとする、私による世界の所有を強引に敢行しようとしていたように思えるのだ」、と自らの写真行為を批判の爼上にのせる中平は、それに続けて次のようにいう。「それはカメラという機械を用いて私が、旧態然たる〈芸術〉〈表現〉を行おうとしていたということでもある。〈世界の終末を思わせるような〉私の風景は、まさしく私のア・プリオリな像の表出であった。…そしてそれはカメラという機械を用いながら、なおかつ思い切り悪くいまだ〈手の痕跡〉を残す(なぜならそこには暗室技術という手仕事がまだ残されている)モノクロームを選んだという事実と補完の関係にあるに違いないのだ。さらに、粒子の荒れ、ブレは、ウィリアム・クラインのような世界と私との出会いから不可避的に選び出された方法であるというよりは、世界を凝視すること、事物(もの)が赤裸々に事物(もの)自体であることの確認以前に、見ることをあきらめ、ちょうどその空白を埋めあわせるように情緒という人間化をそこにしのび込ませていたにすぎないのである」。
 「要するに、イメージを捨て、あるがままの世界に向き合うこと」。中平は、自らの写真行為の批判から、私の視線と事物の視線との非和解性そのものを、事物が事物であることの明確化によって照し出そうとする試みを導き出す。こうして、中平が「植物図鑑」と名づけた地平において写真は、何かを写すべし表現すべしという言説によって拘束されることもなく、それゆえ、写すということがもはや内在的な衝動や意識といったものを表現することでも、同時代の社会性を表象することでももはやありえないものとして、規定し直されることになるのである。