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[ロザリンド・ソロモン:他者に出会う喜び/SWITCH 1991年 MAY Vol19 No2:102-103]


 最も好奇心を誘うような場面が写されていながら、同時に見る者を「人間」という極めて不可解な存在に関心を向かわせていく――ロザリンド・ソロモンの写真にはそんな魅力がある。
 異なった文化における習慣や儀式というものは、いつも私たちの好奇心を呼び寄せる。だが、私たちの関心を「好奇心」から「不可解さ」へと導くとしたら、それが単に奇異なものであるということを越えて、他者という存在の理解を切実に迫るときであろう。
 ソロモンの写真はどれもこう語りかけているように見える――不可解なのは異文化に暮らす人間の習慣や儀式の姿なのではない、同じ生き物でありながら異なった文化や習慣・儀式を作り出し、それなしでは生きられない人間という存在が不可解なのだ――と。
 むろん、こうしたことを読み取るためには彼女の写真に慎重に接しなければならないだろう。インド・中南米などを写した彼女の写真は、一見ジャーナリスティックな仕事にも見える。だが彼女自身一貫して退けているのは、作品がジャーナリスティックに扱われ、人々の好奇心を満たすことで消化されていくことだ。三十年近くに渡る活動の中でソロモンは、ほとんど雑誌などの依頼による仕事をしたことがないという。
 「メディアの仕事には、多くの人間が関わりすぎている上に、締め切りに急かされたり、自分が望まない文章が付けられたりと不満足な結果に終わる気がします。私は何でも自分で決めていかないと気がすまないところがあるから」
 こうした姿勢はあらゆる意味で、彼女が写真を用いた表現に関わるようになってから常に維持されてきた。写真を意識的に撮りはじめた時テネシー州に住んでいた彼女は、ニューヨークに出かける度にダイアン・アーバスの師でもあったリゼット・モデルに写真を見てもらっていた他は、まったく一人で写真を続けてきた。彼女が写真をはじめた60年代後半は、アメリカの現代写真が大きなうねりとともに、公的な媒体としての写真から私的な表現としての写真へと変容していく時期でもあったが、そうした流れとも彼女は無縁であったようだ。
 「テネシーの片田舎に住んでいたから、ニューヨークで起こっていたことには巻き込まれようがなかったの。リゼット・モデルには写真のことだけではなく生き方を含めて、ほんとうにたくさんのことを学んだわ。だけどそれは特定のスタイルを学ぶということではなかったし、だからこそ彼女は私にとってあらゆる意味での師だったと言えるんだと思う」 モノクローム・正方形のフォーマット、そして他者という存在を対象としたポートレイトという作風の類似からは、ダイアン・アーバスの写真が容易に浮かんでくるし、現にアーバスと比せられて語られることも多い。しかし、影響を受けた作家について尋ねてみると、とつとつと幾人かの名前をあげ、しばらくじっと考え込んだあとソロモンは、
「興味がある作家はたくさんいるけど、あえて影響を受けた作家と言えば、そう、恐らく私自身ね」
 と、はっきりと言った。自分の作品を捉え返し、何を考えていたかを見つめ直し、またそれを次の作品に反映させる。そこから最も多くのことを学んできたし、本質的にはそのことが自分にとって最も重要であるという意味である。
 「モノクロームで正方形というスタイルを選んでいるのは何故かと聞かれても、たんにそれが私に合っているからとしか言いようがない気がする。例えばカラーを使ってみたりしても、出来上がってくるものが私の求めているものとは違ってしまうの」
 興味をひかれる場所に旅し、写真を撮り、作品を仕上げ、また旅に出かける。そうした繰り返しこそが、彼女の作品を育んできたのだと言えるだろう。自分の意思に従って率直に自らの表現を作り上げていくこと、それは当然のことにもみえるが、その当然のことを成し得た作家が価値の変転の激しい今日にどれだけいたのかを考えるとき、ソロモンの作業の頑固なまでの反復には驚くべきものがある。
 「撮影旅行に行く前はできるだけのことは調べていくけど、専門家ではないからそれにも限界がある。やっぱり実際に役に立つのは、現地での経験ね。気になった場所には何度も足を運ぶし、その度にいろいろなことがわかってくる。だから初めての旅で納得がいく作品が作れることはあまりないし、思ったようなものが撮れるようになるのは二度・三度と旅を重ねたときね。そして納得のいくものが作れるまで、作品を発表することはないわ」 このエゴイスティックとも取れる作業から作られる彼女の写真は、しかし決して饒舌なものではない。写真に付される言葉はたいてい撮影された場所・年号のみであり、従って見る者は、ソロモンが語ろうとする物語を自力で読む努力を要求される。
 「写真で語られていることを見るには、映像の言語を知る必要があると思う。その上で私が何を考え、何を言おうとしているかを受けとってもらえればいちばん嬉しいわね。もちろん、そこまで読みとってくれる人はそう多くはないかもしれないけれど」
 異なった文化に生きる人々の象徴的な場面が写されているように見えるソロモンの写真は、同時に、そこに生きる人々のふとした表情、ふとした仕種といったものをも注意深く写し取っている。そうした画面の端々が、彼/彼女たちが決して私たちの好奇心を満たすための存在なのではなく、混沌とし偶然に満ちたこの不可解な生を生きる人々であることをそっと伝えて来る。
 「知らない土地を訪ね、未知の人々に出会い、いろいろなレベルで違った考え、違った習慣があることを知る。そういうことにいつも興味がかき立てられているし、そうしていると意欲が湧いてくるの。私にとって写真は狭いところに閉じこもって作りあげるものではないし、むしろいろいろなものに出会うチャンスを作る道具が写真だと言えるかもしれない。その意味で、世界は私にとっての刺激的なスタジオね。一ヵ所にとどまっていると、息がつまりそう。ニューヨークには作品を仕上げるために戻らなければならないけど、これからもできるだけいろいろな土地を訪ねてみたい」
 現在でも年の三分の一以上は海外で過ごすというソロモン。彼女の作品は、異文化に生きる人々だけではなく、他者に出会うことに魅入られた彼女自身をも写し出しているようだ。