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[8ページの小冊子と同時に写真をとりまく環境が変化した二年:『GAZETTE』終刊/アサヒグラフ1991年11月8日号:?]


 A4判・16ページ・月刊、表紙頭にFROGと印刷された「GAZETTE(ガゼット・FILM ROUND GAZETTE)」という小冊子は、約三年前、写真家たちが集まって設立されたギャラリー「FROG(フロッグ・FILM ROUND GALLERY)」のスタートと同時に発行され始めたものだ。今年の10月号、通算34冊で終刊となるまで、その基本的成り立ちは、ギャラリーで開かれる写真展のインフォメーション提供、そして文章の掲載と変わることがなかったが、いま手元にあるバック・ナンバーを見てみると、三年の間に変わったところもだいぶある。
 外見で言えば、当初は8ページで「LETTER」として始まったものが、3号目には12ページに増え、それに伴って4号目で「GAZETTE」と名称を変え、10号目で16ページとなり、ほぼそれ以降の体裁が出来あがったこと。そして内容で言えば、ページの増加に伴い様々な文章やインフォメーションなどが織り込まれることで、徐々にギャラリー・インフォメーション以上の部分が大きくなっていったこと。
 このような変化は、むろん作り手だけではなく、いわゆる一般の商業誌に比べれば圧倒的に少なく、このような形の小冊子とすればおそらく多い部類ではあっただろう読者の方々に支えられたものでもある。そして、この小冊子がどのような意義を備えていたのか、どのような位置にあったものなのかは、そうした読者の方々に委ねられたことであり、また作り手を離れた当事者たちが今後考えていくべき課題でもあろう。
 私が編集に携わったのは、発行の二年目から終刊までのおよそ二年間だが、振り返ってみるとそんな短い間にも、写真表現をとりまく環境は大きく変わった気がする。簡単に言えば、それ以前に比べて加速度的に写真が様々なメディアの関心を引くようになり、また写真を扱う美術館やギャラリーも増加したことだ。そうした環境の変化と「GAZETTE」を対照的に捉えてしまえば、その評価も、大きなメディアに対する小さなメディアの重要性といったことや、自分たちがやりたいようにやれる媒体の重要性といった月並みなところに収まるだろう。
 そうした視点はしかるべきものでもあるのだが、編集に携わることでいつも考えることを強いられていたのは、そうした見方がそれほど自明ではないことであり、またそれを自明視してしまえば、作り手にとっての積極的な意義は逆になくなってしまうということであった。むろんこのことは、「GAZETTE」に集約すべきことでも、状況のせいにすべき問題でもない。むしろそれは、ふだん自明にみえている〈表現〉について改めて考えるとき、誰しも出会うであろう問題にほかならない。私にとっては「GAZETTE」がそのことを考える機会であったこと、とりあえずいま言えることは、経験的に感じたこんなことのような気がする。