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[おすすめ新着洋書:リー・フリードランダー『クレイ』/ジョール・スターンフェルド『アメリカン・プロスペクツ』/日本カメラ1987年8月号:126]


 リー・フリードランダー(Lee Friedlander)の新しい写真集『クレイ(Cray)』は、ミネソタ州にあるコンピューター会社クレイ・リサーチ(Cray Research Inc. = CRI)の15周年記念に作られたものであり、残念ながら非売品だそうなので私たちの手に入ることは無さそうだ。企業からの依頼といっても、フリードランダーの今までの写真集どおり非常に質の良い印刷と上品な装丁がされており、写真を撮ることというより、写真集を作ることを任されたと考えたほうがよいのであろう(ちなみに製版・製本とも近作『ポートレイツ(Portraits)』と同じ人物が担当している)。会社の記念といえば、社史や社長の自伝の類いを読まされることが多い私たちに比べて、このような贅沢な写真集を会社の記念の品として見られる人たちの、なんと幸せなことかと思ってしまう。

 写真集は、82年に出版された『ファクトリー・バレーズ(Factory Valleys)』と同じく、前半が工場のある街の風景そして後半が工場で働く人々の写真で構成されており、写真集の構成だけでなくその印象までもあまりに似ているので、少し戸惑ってしまった。二つの写真集のあいだに五年という歳月があり、写されている街の様相も、工場の環境そして働いている人の種類も違っているにもかかわらず、写真集を見終わったときに持つ印象はほとんど変わらないのである。この本の中でも彼は、アメリカの風景を、植物や標識・反射物などにより巧みに構成された画面で楽しませてはくれるが、今までに幾度となく彼の写真を見ている者にとって、その画面が以前ほどの精彩を放つことは無いようである。

American Prospects: Joel Sternfeld Uncommon Places: The Complete Works The Americans

 78年から、フォルクスワーゲンのキャンピングカーで合州国を旅し、その風景を8x10の大型カメラでカラー・フィルムに定着したジョエル・スターンフェルド(Joel Sternfeld)の写真が、『アメリカン・プロスペクツ(American Prospects)』(アメリカの眺望)というタイトルのもとに写真集にまとめられた。今まで断片的にしか彼の写真を見る機会を持たなかった日本に住む私たちにとって、写真集という形でこうしてまとまった量を見られるのはうれしいことだ。車で旅をしてという同じ方法での作業では、ロバート・フランク(Robert Frank)のあの有名な『アメリカ人(The Americans)』があり、8x10のカラーという事では、合州国各地のありふれた風景をいわばアメリカの古典的な構図法の中におさめた、スティーブン・ショア(Stephen Shore)の『アンコモン・プレイシス(Uncommon Places)』があるので、この機会にもう一度見てみるのも、写真家による質の違いというものを考えてみる上で面白いかもしれない。

 さて、その『アメリカン・プロスペクツ』だが、期待が大きかったせいか少々肩すかしを食わされてしまった気分になった。スターンフェルドの写真の魅力は、傍観者的な対象との距離のとりかたの中で、日常の風景と非日常的風景の対比がダイナミックに定着されることにより、広がりのある写真の風景として展開されていることであると思う。例えば今までにも何度か紹介されている、消防士がかぼちゃを持っている写真や崖くずれの写真がその典型であろう。しかしこの写真集の中にはその展開が広がりをもたない写真もけっこうあって、私たちのイメージの中にある「アメリカ」に写真がすっぽりと収まってしまい、なんとも退屈なのだ。彼は社会的な状況が典型的に現れている場所を対象に選ぶことが多いので、なおさらそれが目についてしまうのかもしれない。あるいはその退屈さは、アメリカ合州国という一つの仕組みをいっけん冷たいまなざしで見つめながらも、突き放しきれない、この写真家の視線の向けかたなのかもしれないと思った。

 スターンフェルドのこの作業は、主に2度のグッケンハイム奨学金により支えられている。フリードランダーの『クレイ』が企業の企画であるように、合州国では写真家の作業が、企業からの依頼や美術館や財団などからの奨学金によって支えられていることが多い。このことはアメリカの現代写真を考えるうえで重要なことかもしれないので、付け加えておく。