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[ブックレビュー/nikkor club #199 2007 early spring:116-117]


生と死の時 江成常夫写真集 『生と死の時』は、悪性の腫瘍を宣告された江成常夫氏が、身近な風景や庭先の花、そして自分自身にカメラを向けた約3年半の写真を編んだ一冊です。江成氏は戦後日本を問い続けてきたことで知られる写真家ですが、ページをめくっていったときに出会うのは、ごく普通の夫であり、親であり、人間である、ひとりの男です。

「過ぎた時間を振り返れば、家族に対しての言葉はない。子育ては妻に押し付け、勝手な振舞いばかりやってきた。『戦争の昭和』という“怪物”に引き込まれ、かけがえのない家族を遠ざけてきてしまった。還暦を過ぎ大病を患ってはじめて、失われた時間の重大さを想う」

このように語る江成氏は、たとえば、長男の結婚式に際して、「…未来に繋がる家族の絆を思う。生あることの至福を実感する」と記しているように、驚くほど率直です。これまでの仕事を考えるとき、この率直さは、弱々しくも感じられます。しかしまた、病に直面しつつ、かくも率直に自らの弱さをたんたんと記録している意志は、鍛え上げられた表現者ならではの強靱で鋭いものです。

ひとりの人間としての弱さと、表現者としての強さ。いっけん矛盾するような、このふたつが交差するところに生み出された写真は、ひじょうに感慨深く、奇跡をみるような、比類なき美しさに満たされています。

こわれない風景 『こわれない風景』は、カナダやヨーロッパ各国のカントリーサイドの写真で知られる吉村和敏氏による本です。これまでの写真集とは趣向が異なり、吉村氏が写真をはじめてから今日までのさまざまな思索が、ベストショットとともに編まれており、とても味わい深いものになっています。

「人の暮らしはゆるやかに移り変わっていく。それは、こわれない風景にそっと寄り添う、雲や風、水の流れとよく似ている」。この言葉は、風景写真に対する、吉村氏のマニフェストでもあるように思えます。

東京ディズニーシー Tokyo DisneySea 5th Anniversary 『東京ディズニーシー』は、小林伸一郎氏の新作です。廃墟の写真家として知られる小林氏が、ディズニーシーを撮るというのは、やや意外な感もあります。しかし、思想家ジャン・ボードリヤールの、ディズニーランドはアメリカ全体がディズニーランドであることを隠すためにある、という有名なフレーズを思い起こせば、さほど意外ではないとも言えるでしょう。廃墟も、ディズニーシーも、現実とイマジネーションが互いに入れ子になっているような空間であることは、共通しているからです。

普段は賑わっているディズニーシーですが、本書に収められた写真には、まったくと言っていいほど、キャラクターやゲストが写っていません。その静謐さが、空間の不思議さをきわだたせているのが印象的です。

神々の残映 沖縄・八重山・1963 『神々の残映』は、吉田元氏が1963年に約70日間滞在した沖縄八重山諸島で撮影した写真を編んだ写真集です。

40年以上昔の、八重山諸島の風景と人々の写真は、吉田氏が「一つの島は一つの宇宙。一つの集落は一つの世間。時は地球の自転に任せて穏やかに流れる」と述べるように、人間が生きる根源的な姿を浮かび上がらせています。

北回帰線の北 吉田氏は、残念ながら2005年4月に亡くなられましたが、1988年から2001年にかけて再び撮影された八重山諸島の写真を、ご遺族がまとめたのが『北回帰線の北』です。『神々の残映』とあわせて見ると、変わったもの、変わらないものが感じられ、いっそう興味深いでしょう。

あめふり 『あめふり』は、若手写真家の村越としや氏による写真集です。収められた写真には、地名のキャプションなどもなく、ただただモノクロームのどんよりとした、湿り気のある風景が続くのみで、日本独特の空気感が捉えられています。若手写真家が、このように落ち着いた風景を撮るということが、かえって新鮮でもある一冊です。

TELOMERIC 『TELOMERIC』は、自主運営ギャラリーで精力的に発表活動を続けている王子直紀氏が、ソウルと川崎を撮影した写真を中心に編んだ一冊です。いささか乱暴にも感じられる、裁ち落としで収められた写真は躍動感に溢れており、写真を撮るという行為を投げかけるようなカメラワークが印象的です。

『晴天』は、熊木裕高氏が、地元の戸田の街や旅先で撮った風景を編んだ写真集です。とりとめのない風景が、とりとめもなくひたすら続いていく構成は、日常という時間と空間を、穏やかに照らし出しています。

遠い夢 コロといた日々 同じく熊木氏による『遠い夢』は、モノクロームの風景や愛犬の写真を編んだ一冊です。カラーの『晴天』とモノクロームの『遠い夢』は対照的でもありますが、共通しているのは、現代における郷愁とも言うべき不思議な懐かしさ、それを捉える作者の気負いのなさではないでしょうか。この気負いのなさは、新たな感性でもあるように思われます。

トウキョウ今昔1966・2006 『トウキョウ今昔1966・2006』は、田中長徳氏が、1966年頃に撮った写真と、それをもとに2006年に撮った写真をあわせて編んだ写真集で、時間が経ったからこそ浮かび上がってくる写真の面白さが、よくあらわれている一冊です。ちなみに一枚目の写真は、1969年のニコンサロンでの写真展の看板で、この一枚の写真から、多くの思い出がよみがえってくる読者の方も多いのではないでしょうか。