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[夢の書棚:冬の花火は美しい・それは空気が澄んでいるから・泉谷玄作『花火の図鑑』/日本カメラ2007年11月号:175]


花火の図鑑 富士山、桜、花火。この3つは、日本人が見て条件反射的に嬉しくなってしまうものであり、したがって人気がある被写体トップスリーでもあるだろう。

これらはまた、撮影が難しい被写体トップスリーといってもいいかもしれない。撮っても撮っても、撮れたという気がしない。あるいは、いい写真が撮れても、まださらにいい写真が撮れる気がする。泥沼にはまるように、魅入られてしまう、魔性の被写体なのである。

同じ魔性の被写体といっても、花火は、ほかの2つとは性質が異なっている点があるように思う。富士山や桜は、典型的な素晴らしい写真もあるが、場面やアングルに趣向を凝らして撮られた名作というのもある。ところが、打ち上げられた瞬間にしか撮れない花火の写真は、そのような趣向を凝らす余地がひじょうに少ない。そのかわり、典型的な素晴らしい写真を撮るのがめっぽう難しい。

泉谷玄作は、そんな独特な難しさがある花火の写真に、中学生の頃からずっと取り組み続けている写真家だ。国内で高く評価されているのはもちろん、火薬を用いたインスタレーションで知られる現代美術家、蔡國強の依頼で、2002年にMoMA主催の「動く虹」、2003年にセントラルパーク150周年記念の「爆発」を撮影するなど、海外でも注目されている。

その泉谷が、長い時間を費やし完成させた『花火の図鑑』が刊行された。さまざまな種類の花火を網羅しただけでなく、花火玉ができるまでや打ち上げ方、花火の歴史や全国各地の花火競技大会なども載っており、これ一冊で花火の知識がぐっと深まる、文字通りの図鑑になっている。泉谷は、次のように述べている。

〈図鑑ページには、私自身が幼少の頃にみた花火や、近年に創作された花火までをのせています。10年以上前の花火も掲載し、花火の歴史的な変化がわかるようにしてあります。花火をカメラで写すと、光が時間とともに移動した道すじが線になって写ります。でも、実際に花火を肉眼で見ると、「星」とよばれる火薬が燃えて発光しながら空中を移動して、花火の形になったと思ったらあっという間に消えてしまいます。ほんの一瞬です。そのほんの一瞬のために花火師さんたちは、創作しつづけているのです〉

瞬間のために情熱をそそぎ続ける花火師。その瞬間を写真にとらえるために情熱をそそぎ続ける泉谷。本書が魅力的なのは、瞬間を共有し続けている泉谷の、花火師に対する敬意と、花火に対する愛情に満ちているからだろう。

愛する花火を、より多くの人にさらに親しんで欲しい。そんな泉谷の思いは、巻末に載っている、花火写真の撮り方にもあらわれている。ここに書かれている撮影のコツを読めば、なぜ今まで花火がうまく撮れなかったのか、どうすればいいのかがわかるだろう。アイコンで図鑑と連動した、露出の目安となる花火の種類別撮影データ表もおしげもなく公開されており、これを熟読すれば、一気にステップアップするのも夢ではない。

花火は夏のものだと思われているが、泉谷は、〈花火はいつみてもいいものです。中でも冬の花火は空気が澄んでいてきれいですよ〉という。その冬は、もう目の前にせまっている。見ているだけで写欲がわいてくる『花火の図鑑』を手にとれば、三脚を持って出かけたくなることうけあいだ。