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[書評:自分の地図は自分で描くしかない・長倉洋海『ぼくが見てきた戦争と平和』/日本カメラ2007年8月号:173]


ぼくが見てきた戦争と平和 『ぼくが見てきた戦争と平和』は、フォト・ジャーナリスト長倉洋海が、およそ四半世紀に渡る自らの体験を綴った写文集である。

風呂もトイレもない四畳半の下宿に住み、歴代のピュリッツァー賞を受賞した写真などを壁一面に貼り、一刻も早く世界に飛び出し、激動の一瞬を撮りたいと願う。フリーランスになる前は、そんな若者だったと長倉は語る。

「当時のぼくは、世界の現場に出れば、世界を揺るがすような写真が撮れると、本気で信じていました。…若かったぼくは、死にものぐるいで挑めば、すぐに地平は開けると勢い込んでいたのです」

現在ではこのような若者はあまりいないかもしれないが、かつてフォト・ジャーナリストを志した者は、多かれ少なかれ、同じような熱を帯びていたに違いない。長倉もまた、ありふれた若者のひとりだったのだ。しかし、さまざまな経験を経るうちに、長倉は次のように考えるようになる。

「ジャーナリストは、ぼくたちの知らないことや世界で起きていることを伝えてくれる、なくてはならない大切な存在だと思います。若い頃は、そんなジャーナリストに憧れ、世界を変えるような写真を撮りたいと思っていました。しかし、一枚の写真が世界を変えることなどできるはずがありません」

一枚の写真は世界を変えられない。これもまた、かつてフォト・ジャーナリストを志した、多くの者がたどりついた結論かもしれない。だが長倉は、観念でこの考えにたどりついたのではなく、取材に向かい粘り強く写真を撮り続けるなかで、この考えを獲得したのだった。だから、一枚の写真は世界を変えられないという考えが、あきらめではなく、自分だけのジャーナリズムのはじまりになった。そしてそこから、心ゆさぶる写真が生みだされることになったのである。これは、長倉だけが切り開いた道である。

本書には、そうした道程が、じつに正直に描かれている。少年に向けたような柔らかな語り口で書かれているが、むしろ、正直になれず、道に迷っている大人にこそ読んでほしいと思える一冊である。