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[夢の書棚:リチャード・アベドン、ダイアン・アーバスと出会ったNY時代の作品群・坂田栄一郎『JUST WAIT/TIMES SQUARE NEW YORK 1966-1970』/日本カメラ2007年2月号:173]


JUST WAIT 坂田栄一郎写真集 私がはじめて坂田栄一郎の写真を見たのは、『注文のおおい写真館』だった。1985年の作品なので、20年以上前のことである。にもかかわらず、その鮮烈な印象をいまだに覚えている。デフォルメされたような大胆なフレーミング、それでいてダイナミックでストレートな撮り方は、それまでまったく見たこともないようなポートレイトだった。印象が鮮烈だったのは、こんな写真があるのかという驚きと、もうひとつは、恥ずかしながらその驚きの意味がまったくわからなかったからである。端的にいうなら、何がすごいのかわからないが、とにかくすごい、何が新しいのかわからないが、とにかく新しい、そういう印象である。

もっともこれは私にかぎらず、この時代の多くの人がもった印象かもしれない。写真はテイク(撮る)かメイク(作る)かといったナイーブなことがいわれはじめたのが80年代半ば。そのときすでに、そのどちらもであり、どちらでもなく、ただ真に創造的であった坂田の新しさとオリジナリティは群を抜いていたのだと思う。

周知のようにその後坂田は、1988年に創刊された週刊誌「AERA」の表紙写真を撮り続けている。この間、『TALKING FACES』『amaranth』といった作品を発表、日本でもっともよく知られている写真家のひとりとなった。

PIERCING THE SKY 天を射る そして2004年、写真展と写真集で発表され大きな話題となった『PIERCING THE SKY 天を射る』は、記憶に新しいことだろう。組み合わされた人物と自然の写真が、寓意的な世界を生み、寓意的な世界がふたたび人物と自然を照らし出しているこの作品もまた、これまでにまったく見たこともないような写真表現を展開していた。

さて、今回はじめて写真集化された『Just Wait』は、その坂田のデビュー作である。サブタイトルにあるように、場所はニューヨーク、タイムズスクエアー。時は1966年から70年。はじめは怖くて近づくことも、カメラを向けることもできなかったが、68年から69年にかけての1年間は、毎日のようにこの場所で「Just Wait!」と声をかけ、写真を撮らせてもらったという。正方形のフォーマットで正面から捉えたポートレイトは、現在ではポピュラーなスタイルでもあるが、60年代という時代を考えれば、ひじょうに新しい試みだといえよう。

声をかけ、写真を撮る。このストレートな行為は、一瞬にして終わるものだろう。しかし、それを撮るために待つ時間は、いつ終わるともしれぬ無限のようなものだろう。瞬間と無限、この相反するような時間を封じ込めた写真は、永遠に何かを語り続ける。興味深いのは、当時無名の青年が、この写真の創造的直観ともいうべき感覚を、たったひとりで磨き上げていたことである。

坂田と交流があったダイアン・アーバスの言葉に、次のようなものがある。"A photograph is a secret about a secret. The more it tells you the less you know.(写真は秘密の秘密。それが語りかければ語るほど、わからなくなる)"。謎めいた言葉だが、魅惑的な写真を見れば、たちどころにしてその意味がわかる言葉でもある。坂田が、そうした魅惑的かつ直観的な写真を撮る数少ない写真家であることは間違いない。

新しい、見たこともない、といった形容詞を書き連ねてきたが、じつのところ、そんなことは結果であって、坂田にとっては重要ではなかったのかもしれない。写真の創造的直観をたったひとりで磨いていた青年が、たんに今日にいたるまで、それを磨き続けてきた、それだけのことなのかもしれない。それゆえに坂田の写真は、時代にかかわらず、それを見る者の直観を揺さぶり、魂を跳躍させるのだろう。