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[ブックレビュー/nikkor club #196 2006 spring:106-107]


村に息づく人たち 『村に息づく人たち』は、山口雄朗氏が1976年から1995年までの20年間、秩父とその周辺に暮らす人々を撮り続けた写真を編んだ一冊です。山口氏は秩父の魅力について、次のように語っています。

〈秩父の山々は、幾重にも重なり合い連なっています。この地特有の険しいV字型の谷、その谷筋に沿うようにして点在する小さな集落。…ここにしかないもの、農作業や山仕事を生業として生きる人々のあるがままの姿、祭りや伝統芸能を守り継ぐ人たちの眼差し、流れる汗やその息づかい、それらを撮り残そうと心に決め、私なりに追い続けてきました〉

その言葉どおり、本書に収められた写真は、どれも土地に流れる時間をいつくしみ、丹念に撮影された、味わい深いものばかりです。そして特筆すべきは、70年代からの撮影であるにもかかわらず、すべてがカラーであることではないでしょうか。色彩が表現に活かされていることはもちろん、カラーであることで記録としても稀有なものになっているように思われるのです。

ヒロシマ2005 土田ヒロミ氏の『ヒロシマ2005』は、被爆体験記『原爆の子』の作者たちを取材した1979年の『ヒロシマ1945〜1979』に、2005年に再取材した作者たちの写真と言葉、8月6日前後の広島の風景を加えて再編した写真集です。土田氏はこの再取材がなかなか果たせなかった理由について、こう言っています。

〈私の作業は、一介の表現者の域を超えるものではなく、自己完結的領域にとどまっているに過ぎないことを知ることになり、この自明なことが偽善的なきまりの悪さとなって、私の内(なか)で肥大していたことが遅延の大きな理由(わけ)であった〉

本書は、過去の広島と、賑やかとも言える2005年の8月6日の間の距離を埋めることなく、あえてそのままに提示しています。〈当事者と非当事者とのあいだに横たわる深い乖離(かいり)、その溝を埋め切れない人間の限界を超える思想が、この広島から生まれてくることを願うばかりである〉。このように述べる土田氏による、かつての表現を今日的に再編した本書は、現代的なメディアである写真による表現と、写真家の役割を考えるうえで、ひじょうに示唆に富むものでもあるでしょう。

ぺるそな 『ぺるそな』は、人間を深く見つめたモノクロームの肖像写真で知られる鬼海弘雄氏が、写真をはじめた1970年代から撮り続けている、浅草寺境内でのシリーズを編んだ写真集です。このシリーズはこれまでにも何度か写真集にまとめられていますが、普及版として出された本書には、手になじむ独特の魅力があります。

〈浅草にでかけると、境内の近くを3、4時間ほどうろついている。だが、実際にファインダーを覗くのはほんの十分にも満たないだろう。ほとんどの時間は、ただ待つことだ。だが、カメラは出会いがあれば一瞬にして写し取れる「魔法」なので、待つことができる〉。本書をめくっていると、不思議と時間がゆるやかに流れていくように感じられるのは、このように語る鬼海氏によって写された写真にもまた、魔法が宿っているからなのかもしれません。

天山南路?Around the Taklamakan Desert 『天山南路』は、新進気鋭の女性ドキュメンタリー写真家、今岡昌子氏による二冊目の写真集です。アマチュアの頃の気持ちに戻って、感じたままにシャッターを切ったと言う本書に収められた、古代シルクロードの中心地・新彊ウイグル自治区の写真は、新鮮な息吹と躍動感が溢れており、写真によるドキュメンタリーの、新たなスタイルの登場を予感させるものでもあります。

続・日本縦断 個室寝台特急の旅 『続・日本縦断個室寝台特急の旅』は、紀行作家・写真家として知られる櫻井寛氏が、日本を代表する寝台特急「夢空間」「富士」「カシオペア」「トワイライトエクスプレス」「あけぼの」を、写真と文章で取材した一冊です。車内の様子、車窓からの風景、風景のなかの寝台特急と、さまざまなアングルから捉えられているので、取材はさぞかし大変だったに違いありません。しかし、そうした苦労を微塵も感じさせない、夢に満ちた写真ばかりなのは、さすがはプロフェッショナルな仕事と感嘆させられます。

日本縦断個室寝台特急の旅 同書の刊行に合わせ、「カシオペア」「北斗星」「サンライズ」「トワイライトエクスプレス」を取材した、『日本縦断個室寝台特急の旅』もリニューアルして軽装版として出版されています。いずれも寝台特急独特のロマンを、余すことなく表現している魅力的な写真集だと言えるでしょう。

ほのぼの旅情カメラ (エイ文庫) 『ほのぼの旅情カメラ』は、下町写真の達人、大西みつぐ氏が、水のある風景を求めて日本全国を旅して撮った写真を編んだ、文庫版の写真集です。達人のまなざしが見出した日常に流れる情感たっぷりの写真が素晴らしいのはもちろん、巻末に付されたアナザーカットから読む写真の選び方も、参考になることうけあいです。見ているうちに、写欲がわいてくるような一冊です。

メディア写真論 メディア社会の中の写真を考える 佐野寛氏による『メディア写真論』は、「メディア写真序論」「メディア写真小史」「写真家とメディア写真」というマルチな観点から、写真を考察した500ページ近い力作です。メディアと写真という難しい問題に取り組みながら、見事に今日的な見取り図を提示している論考は、きっと読者に多くの刺激を与えてくれることでしょう。