texturehometext archivephoto worksaboutspecialarchive 2ueno osamu

[ブックレビュー/nikkor club #195 2006 early spring:114-115]


記憶の光景・十人のヒロシマ (小学館文庫) 1995年に出版された江成常夫氏の『記憶の光景・十人のヒロシマ』が、十人を再訪した文章を加えて、新たに文庫として出版されました。被爆体験とその後の日常を語った文章に、その語りを照らし出すかのような情景の写真がそえられた本書は、体験の記録としてとても貴重なものです。しかし、それだけでなく、「戦争花嫁」や「戦争孤児」を取材し、「負の昭和」を凝視し続けてきた江成氏の展開のなかで、独特な位置をしめる仕事でもあります。江成氏は、あとがきでこう述べています。

〈写真を仕事にしてからも、被爆の地には強く心を引かれていた。けれど、閃光(せんこう)の痛みも知らない人間に「ヒロシマ」を語る資格があるだろうか――そんな自戒の念に駆られるうち、歳月は足早に過ぎていた。ノートで確かめずとも、撮影と取材を目的に初めて広島を訪れたのは1985年(昭和60)年の8月、原爆忌40周年の炎暑の日とはっきり記憶している。…私は、経てきた仕事の体験を自分に言い聞かせ、それまで足踏みしていた広島行きを決断した〉

このように本書は、逡巡ののち、広島に向かっていく江成氏の決意の書でもあります。そしてその後も続けられた撮影が、広島の万象に宿る犠牲者の魂を風景に浮かび上がらせた、本書と対をなす写真集『ヒロシマ万象』に結実したのは、記憶に新しいところです。この意味で本書は、江成氏がこだわり抜く自らの仕事の文脈を理解するうえで、欠かすことのできない一冊でもあるでしょう。

「望郷」皇軍兵士いまだ帰還せず (復刻版) 『望郷 皇軍兵士いまだ帰還せず』は、フォトジャーナリストの三留理男氏が、長い年月をかけて、戦後もアジア各地で生活している元日本兵、日本軍に徴用されたアジア各国の人々、帝国軍人として戦地に赴いた台湾の人々を取材した、文章と写真による一冊です。1988年に出版された本の復刻ですが、終わっていない戦争を生きる個人の声を届けた本書の重要性は、今日いよいよ高まっているのではないでしょうか。

原爆=写真論「網膜の戦争」をめぐって 『原爆=写真論 「網膜の戦争」をめぐって』は、戦後から今日に至るまでのヒロシマをモチーフにした写真を読み解いた論考のほか、レニ・リーフェンシュタール、開高健などをめぐった論考を編んだ、鈴城雅文氏による批評集です。本書で展開されている、戦争をめぐる言語と映像の関係の真摯な考察は、ひじょうに示唆に富むものです。

土門拳の格闘 岡井耀毅氏による『土門拳の格闘』は、「社会的リアリズム写真」が「古美術写真」に交差していく道程をつぶさに描くことによって、戦後の日本写真を代表する巨匠、土門拳を捉え返した評伝的な本です。400頁を超える大冊ですが、読みすすめるうちに土門拳の魅力にぐいぐいと引き込まれることうけあいの一冊です。

とんぼの本 写真の歴史入門 第1部「誕生」新たな視覚のはじまり 写真の歴史入門 第2部「創造」モダンエイジの開幕 (とんぼの本) 写真の歴史入門 第3部「再生」戦争と12人の写真家 (とんぼの本) 写真の歴史入門 第4部 「混沌」現代、そして未来へ (とんぼの本) とんぼの本から、『第1部「誕生」新たな視覚のはじまり』『第2部「創造」モダンエイジの開幕』『第3部「再生」戦争と12人の写真家』『第4部「混沌」現代、そして未来へ』という全4巻の構成で、『写真の歴史入門』が出版されています。写真の歴史というと、難しい本を想像してしまいがちですが、各巻とも豊富な図版を用いた平易かつコンパクトなものですので、写真史の面白さに手軽に触れることができるおすすめのシリーズです。

ニッコール千夜一夜物語 レンズ設計者の哲学と美学 (クラシックカメラ選書) 本誌で好評長期連載中の「ニッコール千夜一夜」が単行本化され、『ニッコール千夜一夜物語』として出版されました。第28夜までが収録された本書は、連載で掲載されたものに、開発当時の記録、テスト写真が加えられ、さらに充実した内容に仕上がっています。トップクラスの技術者たちによって作られたニッコールレンズが、世界に誇る性能のものであることは言うまでもありませんが、それが私たちを魅了してやまないのは、そこに技術者の思想と物語が宿っているからではないでしょうか。本書をとおして、そうした思想と物語を味わうと、ニッコールレンズにいっそうの愛着がわいてくるに違いありません。

JETLINER (2) (Ikaros mook) 『JETLINER II THE LEGEND』は、風景と飛行機が絶妙に融合した美しい写真で、航空写真の新たな境地を切り開いたルーク・H・オザワ氏の、写真集第2弾です。風景と飛行機が織りなす、まるで幻想のように完璧に調和した光景を見ていると、少年の頃のときめきと、写真を撮ることの初々しい喜びがよみがえってくるようです。

白馬 菊池哲男写真集 『白馬』は、山岳フォトグラファーの菊池哲男氏が、格別のこだわりを抱く白馬山麓での、10年以上の歳月をかけた10万カットを超える膨大な写真のなかから、選びに選び抜いた写真を編んだ渾身の写真集です。それだけに、収められた一枚一枚のクオリティには、驚嘆すべきものがあります。思わず見とれてしまう写真集であることはもちろん、山岳写真を志す方には、バイブルとなるような一冊ではないでしょうか。

峠越え 2003.8.23~2005.2.28 空景 上本ひとし写真集 (NC photo books) 上本ひとし氏の『峠越え 2003.8.23〜2005.2.28 空景』は、「母の横顔を見ながら、発病から旅立ちまで、無意識の中で見ていた空景が、私のフィルムに焼きついていた」と作者が語る光景が編まれた写真集です。直接的に病や死を写した写真はほとんどないものの、モノクロームに定着された光と影と瞬間が、生と死と無常を深く感じさせる一冊です。

多摩景 『多摩景』は、田中昭史氏が15余年にわたって撮り続けている多摩地区の写真をまとめた写真集です。均質化された風景に、いつしか時間が降り積もり、独特の風景へと変容している郊外特有の空間が、ニュートラルに、しかしなまめかしく写しとられており、不思議な魅力に溢れています。