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[ブックレビュー/nikkor club #198 2006 autumn:106-107]


おじいちゃんは水のにおいがした 里山の写真家として知られる今森光彦氏による、『おじいちゃんは水のにおいがした』は、琵琶湖にそそぎこむ川のほとりで、60年以上も漁を続けている田中三五郎さんの暮らしを通して、水をめぐる生命の物語を綴った、絵本風の写真集です。本書の文章は、こんなふうにはじまっています。

「山々にかこまれた大きな湖、琵琶湖。水辺のまわりには、田んぼがひろがり、家々があつまっています。そんな湖のほとりで、ぼくは、ひとりの漁師と出会いました。おじいちゃんの年は80才をこえています。ぼくは、このおじいちゃんに会ったとき、とてもうれしくなりました。なぜかといえば、おじいちゃんの体から、水のにおいがしてきたからです」

美しい写真と文章が、流れるように紡がれていく本書のページを捲っていると、そこからも水のにおいがしてくるような気がしてきます。絵本風ではありますが、けっして子供向けということはなく、大人にとってもひじょうに味わい深い一冊です。

亡骸劇場 (JAPAN DEATHTOPIA SERIES) 小林伸一郎氏の『亡骸劇場』は、使われなくなり朽ち果てた学校や病院、遊園地、ホテル、商店などをモチーフにした写真集です。

15年間の歳月を費やして撮り集められた、日本全国のそうした場所の写真184点で編まれた本書は、廃墟という迷宮のような不思議な空間に魅入られた、作者の執念をも感じさせるものです。巻末に収録された、撮影の動機・構想・方法、プロフィールなどを率直に語った小林氏のインタビューは、とりわけ写真を撮る人には大いに参考になるものでもあるでしょう。

職業 犬猫写真家 猫とわたしの東京物語 『職業犬猫写真家 猫とわたしの東京物語』は、日本や世界各地を旅して撮った犬や猫の写真で人気の新美敬子氏が、東京を歩いて出会った猫や人々の写真を、エッセイとともに編んだ写真集です。

写真表現にはさまざまなジャンルがありますが、犬猫写真家を名乗る写真家は新美氏だけではないでしょうか。本書には、その肩書きを用いるようになった経緯なども記されており、新美氏のオリジナリティにあふれた仕事が、いかに切り開かれてきたかが伺われる、魅力的な内容になっています。

上海天空下(シャンハイのそらのした) 英伸三氏の『上海天空下』は、2001年の『上海放生橋故事』に続いて出版された、中国江南シリーズの第二弾です。急速に変わりゆく上海と、そこで生きていく人々の姿を細やかに捉え、社会のありようを浮かび上がらせた写真からは、英氏ならではの熟達したカメラワークを感じさせられます。

エドワード・レビンソン写真集 「タイムスケープス・ジャパン」 針穴で撮る日本の原風景 (NC PHOTO BOOKS) 『タイムスケープス・ジャパン』は、1979年より日本に居住しているアメリカ人写真家、エドワード・レビンソン氏が、ピンホールカメラで撮った日本のさまざまな風景を編んだ写真集です。レビンソン氏は、次のように述べています。

「光はそのすべての形態に見られる。影は様々な声で語る。これら二つの力の統合を観察すると、新しさと古さ、過去と現在、可視と不可視が見える。私にとってピンホールカメラは受容する装置として働き、この二つの世界を繋ぐ糸を作り出すのである」

たんなる技法としてではなく、このような根源的な視点から用いられたピンホールカメラによる光景は、肉眼ではけっして見ることのできない、時間と空間のざわめきを感じさせてくれます。

森のいのち 『森のいのち』は、大学卒業後、カナダ、アラスカに1年間滞在、その後北海道へ移住し写真家として活動している若手写真家、小寺卓矢氏による写真絵本です。

収められた写真は、北海道の阿寒や東大雪で撮影されたものですが、本の内容は特定の場所にしばられるものではありません。小寺氏がテーマとしている「自然と人といのちのつながり」が、森を通して表現されている、普遍性に満ちた一冊です。

エーゲ 永遠回帰の海 『エーゲ永遠回帰の海』は、写真家の須田慎太郎氏と立花隆氏が、1982年に約40日かけて行った、8000キロにおよぶギリシア、トルコの取材旅行をもとに作られた、思索紀行をテーマにした本です。

取材時の約7000点に加え、新たに撮り足された写真も加えて、立花氏の文章とともに編まれた本書は、最新の製作技術を用いることで、多くのバージョンを作ることが可能になり、試行錯誤を重ねて生まれたものでもあるそうです。そうして構築された、写真と文章が絶妙に作用し合った、きわめて完成度の高い作品世界も、大きな見どころでしょう。

啄木キネマ 『啄木キネマ』は、瀬尾明男氏による北海道の写真に、石川啄木の『一握の砂』から精選した歌を添えた写真集です。写真と言葉が奏でるハーモニーには、幻想的な旅に誘われるような感触があります。余白を活かし、そうした感触を増幅させている造本も魅力的な一冊です。

東亰 『東亰』は、路地や小屋といった日本独特の風景をモチーフにした写真で注目されている、中里和人氏の新作です。

今回の写真集のモチーフになっているのは、古い町が残っている東京・向島エリアです。都市の原風景を浮かび上がらせるかのように、繊細に光を選んで撮影された風景は、どこかなまめかしく、とても魅惑的です。