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[書評:ふたつの東海道、ひとつの心・林忠彦・林義勝『東海道の旅』/日本カメラ2006年7月号:191]


林忠彦が、病と闘いながら、自らを奮い立たせ、最後のライフワーク「東海道」の撮影を成し遂げたことは、いまなお多くの人々の記憶に残っているだろう。本書は、この遺作を、四男・林義勝による「東海道」とともに再編したものである。

林忠彦の「東海道」は、わずかに残る江戸時代の面影を現代の眼で記録すべく、江戸から京都までを撮影したものである。この撮影を支えたのが、息子の義勝。そして、林義勝による「東海道」は、「十六夜日記」をテーマにしながら、鎌倉時代の東海道を、京都から鎌倉まで撮影したもの。これを言葉で括ってしまえば、親子二代にわたる「東海道」ということになるが、本書にはそうした言葉ではつくせない感動がある。

林義勝は父について、こう語っている。「同じ写真家として、東海道を父と共に歩けたことは、私にとって人生での貴重な時間と体験であり、喜びであった。それは写真家としての父の奥深さを知った旅ともなった」

林忠彦は息子について、このように言う。「自分と同じ仕事を選んだ息子と一緒に撮影旅行ができた。こんな幸せを、他の写真家は味わったことがあるだろうか」

ここにあるのは、たんなる親子の絆だけでなく、共に撮影旅行をした写真家が、父であり息子であったことの喜びでもある。リスペクトという今風の浅薄な感情ではなく、まさに尊敬の念という言葉がしっくりくる心が、ここにはある。敬意を払い合う写真家としての親子が撮影旅行をする――林忠彦が述べるように、そんな幸せを味わうことができた写真家は、皆無に等しいだろう。

この幸せとは何か。作風でも名でもなく、心を受け継ぐ者がいることの幸せではないだろうか。林義勝は己の「東海道」を、当時生きていた人々に思いを馳せ、現代の風景の中から当時の様子を探り、表現したものだと言う。父とは異なる独自の手法であるが、そこには鮮明に林忠彦の血と心が通っている。

古の東海道をめぐる、血と心。物語が幾重にも織り成された本書は、秘伝の書のような趣すらあり、それを読み解く愉しみに満ちている。