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[夢の書棚:アメリカ人がコダクロームで記録した昭和30年代の日本の鉄道風景・ジェイ・ウォーリー・ヒギンズ『発掘カラー写真・昭和30年代鉄道原風景』/日本カメラ2006年6月号:197]


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心が震える。鼓動が高まり、すこし汗ばむ。

写真集『昭和30年代鉄道原風景』シリーズを開いたときに感じるのは、そのような、いわくいいがたい感覚である。

懐かしいというだけの感覚ではない。リアルだというだけの感覚でもない。例えていうなら、唐突に記憶が鮮明によみがえったような感覚、鏡を見たらそこに数十年前の自分が映っていたような感覚かもしれない。

写真がすでにあった時代に生まれた私たちは、思い出も写真で紡いでいる。記憶の多くを映像に負っている。そして写真は、ある時ある場所を写しているだけでなく、それ自身のうちに時代性を刻んでいる。昭和30年代の写真ならば、たいていはモノクロームであろうし、経年によって変色もしているだろう。つまり、昭和30年代の思い出は、ほとんどの場合、色あせたモノクロームのような記憶として残っているのではないだろうか。

『昭和30年代鉄道原風景』シリーズに収められた写真は、そのような記憶の対極にある。まったく色あせていないカラーなのだ。もちろん色あせていないカラー写真など、今日では当たり前であり、見慣れたものであるはずである。しかし、昭和30年代の色あせていないカラー写真を目にすることは、ひじょうに稀である。それゆえに、かつて見たものが、数十年の時をへだて、突然目の前に現れたような感覚、かつてしたことのない経験におそわれる。

真っ青な空の下を走る蒸気機関車、肌色に赤のボンネット形の特急、路線別に単色に塗られた国電、流線型の初代ロマンスカー、アオガエルと呼ばれた東急の車両、土地によってデザインや塗色が異なるさまざまな路面電車。鮮明な色彩で周囲の風景とともに写された鉄道の写真は、映像の記憶だけでなく、そのときの空気の感触、匂いといった感覚をも鮮明に呼び起こす。

これらの写真を撮ったのは、1927年生まれのアメリカ人、ジェイ・ウォーリー・ヒギンズ(J.Wally.Higgins)氏。戦後、駐留米軍将校として来日し、全国を旅しながら、大手私鉄から地方の軽便鉄道、路面電車、森林鉄道などあらゆる種類の鉄道に目を向け、コダクロームに写しとった。六千枚とも一万枚ともいわれるそれらのカラー写真は、すべて抜群の保存状態にあるという。

経済的に豊かだったから、そのような撮影が可能だったのだと思いがちだが、かならずしもそうではない。まわりの人に鉄道好きを理解してもらえなくて、悩んで寂しい思いをしたというヒギンズ氏は、それでも鉄道を愛好し続け、ASA10だったコダクローム、ASA25だったコダクロームIIを使って難しい撮影をこなし、現像をするためにハワイやロチェスターにフィルムを送り、当時1本2,000円近くしたという現像代を払い、この奇跡的で感動的なコレクションをたったひとりで作り上げ、今日までしっかりと保存していたのである。

もちろんヒギンズ氏は、奇跡的で感動的なコレクションを作ろうと思ってそうした行為を続けていたわけではないだろう。鉄道と写真をこよなく愛し続けた結果が、このコレクションであるに違いない。

このように、素朴で趣味的な情熱が、どんなプロフェッショナルな仕事や、公的なプロジェクトもなしえない偉業を達成することがしばしばあるのが、写真の歴史でもある。だから、写真は面白い。

[備考]
ジェイ・ウォーリー・ヒギンズ氏による、『発掘カラー写真・昭和30年代鉄道原風景』シリーズは、国鉄編・西日本私鉄編・東日本私鉄編・路面電車編の4冊。『発掘カラー写真・1950・1960年代鉄道原風景・海外編』も刊行されている。