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[書評:文士の匂いが立ち上がるいぶし銀のような仕事・野上透『文士一瞬』/日本カメラ2006年4月号:215]


文士一瞬 野上透写真集 『文士一瞬』は、2002年に惜しくも他界した野上透が、1950年代末から90年代にかけて撮った文士の肖像を編んだ写真集である。

58年に講談社に入社した野上は、翌年創刊された『週刊現代』に籍を置き、64年にフリーランスになったあと、『われらの文学』(全2巻・65年)と『現代の文学』全39巻・70年)という2つの文学全集で、作家の写真を担当した。本書に収められた写真も、この時期、60年代から70年代に撮されたものが主になっている。文章を寄せている北吉洋一は、80年代以降の時代について、次のように述べている。

〈文学界の混沌と拡散はますます大きくなり、もはや「文士」や「文壇」ということばで喚起される、ある特殊な匂いを持つ世界は雲散霧消する。文壇酒場もその役目を終えて消えていった。むろん、小説に代表される文章表現の世界は二十一世紀になっても減することはなく、百花繚乱の賑わいを見せるが、あの七〇年代までの「文壇」「文士」は今はないといえる〉

作家の肖像はかつて、ひとつのカテゴリーを形成するほどの、写真の代表的なモチーフだった。土門拳の『風貌』然り、林忠彦の『文士の時代』然り、写真家たちは強烈な個性の作家たちと、時に火花を散らして対峙し、時に意外な瞬間をそっと捉え、数々の名作をものにしてきた。そこにおける個性とは、今の時代のような生ぬるいものではなく、アクやシミのようなものであり、それが作家の顔にもあらわれていたからこそ、名作が生まれえたのだとも言えよう。

本書に収められた写真の数々は、そうした名作に連なるものであり、また、文壇とフォトジャーナリズムが交差して、名作が生まれた時代を締めくくるものでもあるだろう。黒い黒いと言われたローキーな野上調が、顔から消えゆくアクやシミを炙り出す。文士の匂いが立ち上る。酒と人を愛したという、野上ならではのいぶし銀の技が、ここにある。