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[書評:熊谷の仕事と時代の姿を鮮明に浮び上がらせた・矢野敬一『写真家・熊谷元一とメディアの時代』/日本カメラ2006年3月号:199]


写真家・熊谷元一とメディアの時代 昭和の記録/記憶 (写真叢書) 本書は、半世紀以上にわたって長野県の農村の生活を撮り続けてきたことで知られる、アマチュア写真家・熊谷元一の仕事を丹念に描いた一冊である。

童画家として出発した熊谷は、生まれ育った長野県の会地村(現阿智村)を記録した写真集『会地村』によって、大きく注目されるようになった。戦後は、岩波写真文庫からの『農村の婦人』『一年生』の刊行、一件の農家の一年間にわたる撮影などにより、突出したアマチュアとして高い評価を得た。退職後は、東京・清瀬に移り住み、童画家としての活動に比重を置きつつも、阿智村や清瀬市の撮影を続けている。この間、フォト・ジャーナリズムの衰退により発表の機会が減ることもあったが、近年の昭和史回顧ブームのなかで、熊谷の仕事に再び注目が集まっている。

著者の矢野敬一は、こうした仕事の軌跡を追うだけでなく、社会やメディアの在りようの変化と関連づけることで、熊谷の仕事の貴重さと時代の姿を同時に鮮明に浮かび上がらせることに成功している。写真評論という視点からはなかなか出てこない、日本民俗学、近・現代文化史を専門とする著者ならではの労作と言えよう。矢野はこう言ってる。

「戦前の昭和という複製技術が大きく展開しつつあった時代に、熊谷は童画そして写真という時代に見合った新たなメディアの表現技術を手にする。そうした技術を自家薬籠中のものとして、戦後も熊谷はさまざまな試みを実現してきたのだった」

こうして、社会とメディアの在りようを体現した仕事として捉え直された熊谷の仕事は、写真文化とその未来を考えるうえでも、たいへん示唆に富むものであるように思われる。写真の価値、そして解釈とは何なのか。写真による記録とその保存・活用はどうあるべきなのか。著者は現在、長野県の支援金によるコモンズ事業「ふるさと写真・童画作品発信・活用」の一端を担っていると言う。写真の保存・活用のモデルケースとして成熟していく可能性を秘めた、そうした活動の重要性を広く知らしめる意味でも、本書が出版された意義は大きいに違いない。