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[車窓から見る富士山・御殿場線で楽しむ富士山&撮影/日本カメラ2006年1月号:151-153]


東海道新幹線に乗っていて、誰もがおもむろに風景を眺め一喜一憂するところ、それは富士山を間近に眺めることができる区間だろう。東京から乗車した場合、富士山が近くに見えるのは、熱海を過ぎ長いトンネルを抜け三島に近づいてからになる。これは東海道本線でも変わらない。トンネルを抜けて、富士山が見えたと言っては喜び、見えないと言っては溜息をつくのが、日本人の習性のようなものになっている。しかしこの光景は、70余年前には無かったことをご存じだろうか。

東海道本線が現在のルートを通るようになったのは、歴史に残る難工事を経て丹那トンネルが1934年に開通してから。それ以前は、小田原の手前の国府津から丹沢と箱根の山あいを登り、箱根と富士の間を沼津へと下るルートが東海道本線だったのである。丹那トンネルの開通以降、この路線は御殿場線と命名され、幹線からローカル線となって現在に至っている。



逆に言えば、御殿場線は70年以上前の東海道線から見た富士山の景観を、今でも味わうことができる貴重な路線ということになる。東京から国府津までは、快速で約一時間と意外に近い。国府津で二両編成の御殿場線に乗り換えると、東海道線に別れを告げるように線路は右に大きくカーブし、富士山は早くも左手に姿をあらわす。カーブを曲がりきると、線路は北西に進路を定め松田までひたすら直進し、その間、田園と足柄の山を前景にした富士山が顔を見せてくれる。まっすぐに線路が伸びるこの区間でもうひとつ目にとまるのが、線路の左側の空き地。これは43年に戦争中の物資困窮のため、複線の片側のレールが取り外された跡である。



松田を過ぎて、山北から御殿場までは、丹沢と箱根の谷間を進む。蒸気機関車時代には箱根越えの難所と言われた区間だけあって、いくつもの橋を渡りトンネルを潜り抜けながら勾配を登る電車も、心なしか苦しそうだ。しかし、自然が美しい渓谷を走り、富士山が位置を変えながら見え隠れするこの区間こそが、昔の景観をとどめた、もっとも見どころが多い区間でもあるように思える。





海抜455メートルの御殿場から沼津までは、滑るように電車が下っていく。御殿場から2つ目の駅、富士岡のホームの近くには富士見台というスイッチバック跡地がある。何の変哲もない寂れた小さな高台だが、ここから眺めるなだらかな富士山はじつに優美かつ雄大。箱根越えの前後にこの富士山を見た昔の人々は、さぞかし感慨深かったのではないだろうか。沼津に近づくにしたがってあらわれてくる愛鷹連峰を前景にした富士山も、風情があってまたいい。沼津の二つ前の駅、下土狩は、東海道線時代の三島であり、昔は伊豆の玄関口として栄えていたそうだ。





東海道線として開業した当時の、国府津〜沼津間の所要時間は2時間35分。現在御殿場線は1時間20分前後と、やや急ぎ足で走り抜けるが、この間の富士山の景観は、現在の東海道線とまったく違った、ひじょうに変化に富むもの。車窓をフレームにしたさまざまな富士山の表情を見ていると、新鮮な景観に刺激され、ひと味違った写真が撮れそうな気がしてくる。絶景スポットに車で直行してしまうことが多い現在、歴史に思いを馳せ、時には途中下車などしながら、のんびりと鉄道の旅をしてみるのもいいのではないだろうか。

[特急あさぎり]
沼津〜新宿間では、JRと小田急が「特急あさぎり」を共同運行している。JRと私鉄が特急を直通運転するという珍しいこの列車は、御殿場線の沼津〜松田間を2、3駅のみ停車して50分で走り抜け、現代ならではのスピーディーな箱根越えを味わせてくれる。ぜひ片道は乗ってみたい列車だ。特におすすめなのが、曲面ガラスを使用しているJR東海371系のグリーン車2階席。肘掛けから天井まで視界が広がり、タイムマシンにでも乗っているような、不思議な気分になる。