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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #192 2005 spring:98-99]


『赤いゴーヤー』は、沖縄で写真活動を続ける比嘉豊光氏が、1970年から72年の間に撮った写真を編んだ写真集です。70年は二十歳になった大学生の比嘉氏が写真をはじめた年でもあり、また、72年は言うまでもなく沖縄が本土に復帰した年です。つまり、本書に収められた写真は、初々しい眼差しの作者が、揺れ動く生まれ育った土地を捉えたものだと言えましょう。本書に寄せられた文章で、岡本由希子氏はこう言っています。

「何も選ぶことができず、ただただ運ばれていくなかで、無作為に押すシャッターのみに自分の存在がかろうじて賭けられる。そこまで無力をさらけだし受信に徹した者にこそ、シマはその姿を表し、写し込ませたのではないだろうか。泣きながら、ここではない、『あれでもなければこれでもない』とあてどなく彷徨する青年はしかし同時に、まるでシマの大きな懐に抱きしめられているようなのだ。〈原・風景〉としてのシマ。写真にそっと写り込んだ、待つ人、働く人、子供たち、擦過してゆく『あたり前の風景』のひとつひとつが、限りなくいとおしい」

「あたり前の風景」と形容されているように、本書のなかの写真一枚一枚は、とりとめのないモノクロームのスナップ・ショットです。しかし、ページを捲っていくと、70年代初頭の沖縄の日常が、どんなテーマによってまとめられた映像よりも、とても生々しく浮かび上がってきます。時を経ると、何かを意図した写真よりも、何でもないような写真の方が興味深く感じられることがありますが、本書にはまさにそうした写真の興味深さが凝縮されています。30余年を経た写真を再び編むということは、簡単にみえて、実際にはなかなかできることではないでしょう。生まれ育った土地を大切にしている比嘉氏だからこそ、年月を越えて作ることができた写真集なのではないでしょうか。

『ケータイと鏡 1996-2004』は、内野雅文氏が9年間に渡って撮ってきた街頭でのスナップ・ショットをまとめた写真集です。

題名にもあるように本書に収められた写真では、携帯電話やコンパクトミラーを手にした女性が主人公になっています。携帯電話とコンパクトミラーの、時と場所を選ばない使用は、マナーの問題としても取り上げられることが多いですが、現在この二つのアイテムは、若い女性が外出するときの財布と同じくらい重要な持ち物にもなっています。内野氏はこの二つを大切に持ち歩く女性を批判的に見るのではなく、非常に肯定的に捉えており、その結果、携帯電話とコンパクトミラーを軸に、今の時代の光景がリアルに写真に定着されています。

内野氏はあとがきで、次のように書いています。「20世紀から21世紀のさかいめ/内と外のさかいめ/そのさかいめで浮遊する私……」。携帯電話やコンパクトミラーを手にしている女性の視線は、どこか虚ろに感じられます。それは、どこかに繋がっているはずの携帯電話を通して見ているのは自分自身であり、自分自身を見ているはずのコンパクトミラーを通してどこかに繋がっているからなのでしょうか。そうした曖昧な瞬間を定着できるのは、スナップ・ショットという技法ならではであり、この写真集は新しい時代のスナップ・ショットの名手の登場を感じさせるものでもあります。

memoraphilia 『メモラフィリア』は、サンフランシスコのレジデンシャルホテルに住む人々を写した写真集『ホテル・アップステアーズ』が話題になった、新進気鋭の写真家、藤部明子氏による二作目の写真集です。

アムステルダム在住のアーティスト、チェベ・ファン・タイエン氏を訪ね、彼の生活や思い出の品々を撮影した6年前の写真を再編した本書は、前作と同じように、写されたものに宿っている記憶を大切にし、また、自身のなかでも写真をじっくりと熟成させたものになっています。とかく作品を作り急ぐきらいがある現代の表現のなかで、こうした丁寧な仕事によって、豊饒な物語性をはらんだ作品を作る藤部氏が、これからどんな展開をしていくのかも楽しみなところです。

カラー版 世界写真史 『世界写真史』は、大日方欣一・深川雅文・井口嘉乃・増田玲・倉石信乃・森山朋絵の各氏が執筆を担当、飯沢耕太郎氏が監修した、写真の誕生から今日に至るまでの歴史を、世界的な視野から展開した一冊です。

「写真表現の歴史は、従来の美術史の枠にすんなりとおさまることなく、そこから逸脱し、勝手気ままに伸び広がっていくような様相を呈している。そこに叙述の困難さがあるとともに、逆にこのジャンルの面白さ、新たな思考を挑発していくスリリングな魅力も潜んでいるのではないだろうか。これまで、そのような錯綜し、枝分かれしつつ横滑りしていく写真表現の歴史を、まがりなりにも一冊の本におさめようとする試みは(とくに日本では)ほとんどおこなわれてこなかった。本書の刊行は、その端緒として大きな意義を持つものと考える」

こう飯沢氏が述べるように、『世界写真史』という題名はいかにも地味ですが、本書はほとんど手をつけられてこなかった分野への、日本の執筆者によるチャレンジでもあり、大いに評価されるべき出版であるように思われます。入門的でわかりやすい記述に加え、図版も豊富で、解説・年表・索引も完備した本書は、写真表現をより味わい深いものにしてくれることでしょう。