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[書評:場所の匂いを思い出す風景・平林靖敏『東京まちかど伝説』/日本カメラ2005年12月号:191]


東京まちかど伝説  『東京まちかど伝説』は不思議な写真集である。いつか歩いたことがあるのだが、それがどこなのか思い出せないような場所、しかし、ふとしたときに場所の雰囲気や匂いをありありと思い出すような東京の風景が、ページをめくるたびにあらわれてくる。

 作者の平林靖敏は、1940年東京生まれ。64年に新聞社に入社し、新聞カメラマンとして、事件・事故・スポーツ・国会・航空など、さまざまなジャンルの取材を経験してきた。定年退職したのを機に東京の街を撮りはじめ、週に二回ほど撮影に出かけ、一回の撮影で二万歩前後、東京23区をすべて歩いたという。本書には、そうして撮り集められた2000年から2005年までの写真が、撮影順に編まれている。

 新聞カメラマンとしての豊富な経験によるものだろうか、地図を塗りつぶすかのように丹念に街を歩いた成果なのだろうか、あるいは作者のもともとの人柄なのだろうか、おそらくはそのすべてによるものなのだろうが、本書に収められた写真の距離感は絶妙である。近くのものも遠くのものも、古いものも新しいものも、まるで呼吸のように自然に目に入ってくる。たんに街を撮っただけで、作者のまなざしが感じられない写真は面白くない。かといって作者のまなざしばかりが感じられる写真は、街の面白さに乏しい。平林の撮った写真は、そのどちらでもなく、まなざしは街と写真の間にゆるやかに注がれている。

 この絶妙の距離感は、空間的なだけでなく、時間的な距離感でもあるのだろう。古いものと新しいものをつなぐ時の流れをそっと見つめ、受け容れていくやさしいまなざしが、ここにはある。それゆえに本書は、アルバムのように懐かしく、心にしみてくる。

 東京を撮った写真集は数多い。だが、誰かと見ることを分かち合い、語り合いたくなってくる本書のような写真集は、めったにないのではないだろうか。