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[書評:すべての写真人にとっての必読書・岡井耀毅『土門拳の格闘』/日本カメラ2005年11月号:199]


土門拳の格闘  「社会的リアリズム写真」と「古美術写真」という、一見交わらないような二つの流れが、なぜ土門拳の内部では整合性がとれていたのか。この謎を解きあかすのが執筆の動機だったという岡井耀毅は、こう述べている。

 “これから描いていく物語は、そうした土門拳の人と写真を心から思慕した数多くのアマチュア写真家たちとの師弟愛のストーリーであり、戦後まもない激動期に刻まれた「リアリズム写真」という写真表現の在り様を明確な一本道にして展開された格闘と交情のドキュメンタリーでもある”

 こうして評伝的なアプローチで書かれた本書は、そっと土門の人生に寄り添うかのように、土門が足跡を残した同時代を生き生きと浮かび上がらせている。岡井はかつて編集者として晩年の土門と深く交流し、周囲の証言をまとめあげたことがあるが、そうした経験を活かしつつ、かといって経験のみに頼ることなく、近すぎず、遠すぎず、絶妙の距離感を保ちながら、敬愛の念をもって土門を描きあげていく筆致は、さすがというほかない。読者はいつのまにか、土門の人生に魅入られていくことだろう。

 本書に描かれた興味深いエピソードは、枚挙にいとまがないが、なかでも印象的なのは、土門がいつもしみじみと「ボクは写真が本当に下手なんだ」といっていたという話である。じっさい土門は不器用で、それゆえに撮影にも時間がかかり、そして容易に納得することがなかった。だからこそ人一倍、写真が写るという当たり前のようなことにこだわり抜くことができたのである。そんな土門の写真の核心を、岡井は鋭く次のようにいっている。

 “土門拳をつき動かしている衝動の奥底にあるのは、「見えざるもの」へのもどかしさであり、不可視なものを可視的状況にひきずり出さずにはおかない限りない挑戦ではなかったか”

 土門に影響を受けたという写真家は、今日でも数多い。しかし、無縁だと思っている写真家も、じつは土門の踏み固めた道を歩んでいるのではないだろうか。というのも、方法は違えど、見えざるものへの挑戦は、現代の写真家に共通した課題となっているからである。この意味で本書は、プロ・アマ問わず、すべての写真人にとっての必読書であるに違いない。