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[書評:これからなるべき写真家への志・太田順一『ぼくは写真家になる!』/日本カメラ2005年6月号:195]


ぼくは写真家になる! (岩波ジュニア新書)  『ぼくは写真家になる!』という書名から推測すると、本書には著者の太田順一がいかにして写真家になったかが綴られていると思うかもしれない。だが意外にも、本書に書かれているのは、そうした物語ではない。

 高校生のときに、小田実の『何でも見てやろう』を読み、海外に行ける新聞記者に憧れた太田は、マスコミに強い大学に入学する。だが、おりしも時代は学生運動のさなか。〈自己否定〉〈自己改革〉〈主体性〉といった言葉を何度も投げつけられ、「表層ではなく深部に達する表現の仕事を」と考え、映画を志し大学を辞めてしまう。その後、結婚、スポーツウエアの会社に就職、写真学校に入学、小さな夕刊新聞社に転職、退職してフリーランスのカメラマンに…、と紆余曲折の人生は続いていく。

 彼と同じ時代に育った者であれば、このような人生はさして珍しいものでもないだろう。カメラマンだったら、むしろありふれてさえいるかもしれない。しかし太田ほど、その経験を美化することなく、かといって自己憐憫に浸ることもなく、率直に正直に語る者はきわめて少ないのではないだろうか。フリーランスになってからも、逡巡し、萎縮し、葛藤しつづける彼は、己の仕事を「写真で勝負しようとしない、少し身を引いたような態度であったのかもしれない」と振り返る。そして次のように言うのである。

 「〈人間〉を撮る、それが写真だとずっと思い込んでいた。四十歳を少し過ぎたころからだったか、いやいや、ぼくの撮りたいのは〈人生〉なんだと思い直すようになった。そして今は、いうのが気恥ずかしくて口幅ったいが、〈永遠〉を撮りたいと願っている。…今こそぼくは思う。よし、写真家になろう」

 本書は、いかにして写真家になったかが綴られた本ではない。そうではなく、これからなるべき写真家への志が記された本なのだ。だから本書には、すでに写真家になったと思っている者が語るような、ドラマチックな物語はどこにもない。だが、ここには弱い自分を受け容れてきた人生があり、だからこそ生まれた志があり、その志には未来がある。この意味で本書は、ジュニア新書というシリーズにとてもふさわしい一冊であるように思える。