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[BOOK REVIEW:伝説と言われた写真集が今よみがえる・川田喜久治『地図 The Map』/日本カメラ2005年6月号:193]


地図  - 川田喜久治写真集  伝説的と呼ばれる写真集がある。1965年に限定800部で刊行された、川田喜久治の『地図』もそのひとつだ。

 写真集が伝説的と呼ばれるための条件とは何だろうか。少部数であること、かつ、ほとんど市場に出回ることがないこと。にもかかわらず、その存在を知り、それを求める人が多く存在すること。つまりは、いわゆる稀覯本であることだ。

 しかし、いざ実際に伝説的な写真集を手にしてみると、期待が大きすぎるせいか、評判ほどではなく、がっかりしてしまうことも多い。その写真集の復刻版となれば、なおさらで、シラケてしまうことすらある。

 今回、初版から40年を隔てて新たに刊行された『地図』は、装丁や添付テキストが異なっているが、収録写真やその順番は初版と同じなので、復刻版にきわめて近い新版ということになろう。そしてこの新版は、読者をシラケさせるような、ぬるい復刻版ではない。

 その理由は、この新たな『地図』を手にとり、函から本を抜き、頁を開いた瞬間にわかる。

 ――むせかえるようなインクの匂い。

 190頁がすべて観音開きで、裁ち落としの写真で満たされた本書は、あまりにも過剰なのだ。黒インクの量においても。そして、この過剰さは、古書では絶対に味わえない。『地図』の過剰さを体感するには、新刊でなくてはならない。

 複製技術による芸術作品にはアウラがないという話がある。が、それは嘘だ。川田はこう語る。〈神風特別攻撃隊員の肉親に送った遺書や肖像、廃墟願望のオブジェと化した要塞、下賜された勲章を胸に人生を終えようとしている元将校、…これらの写真と「しみ」の咄嗟の照応が、「地図-The Map」の核となっていった〉。川田の言う〈「しみ」のイリュージョン〉は、インクの密度のなかに再生され、一回的な聖性を帯びている。これが複製技術にしかないアウラでなくて何だろう。

 頁を開く。インクの匂いが全身にしみわたり、写真のエクリチュールが指に突き刺さる。イリュージョンが物質となって感情を吹き抜ける。この一回的な経験に、身体が打ち震える。

 2005年版の『地図』は限定千部。この経験は、千人のみが味わえる、至高の時間でもある。