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[書評:ふたつの奇跡を目にすることができる・林明輝『森の瞬間』/日本カメラ2005年4月号:193]


森の瞬間―林明輝写真集  『森の瞬間』の読者は、ふたつの奇跡を目にすることになるだろう。

 ひとつは、一見してわかるように、思わず息をのむような森の姿が捉えられていることである。林明輝が写真に定着した、樹木と光、そして雪や霧や雲へと変化する水が奏でる絶妙のハーモニーは、超自然的ですらあり、奇跡を感じずにいられない。

 しかし、そんな見事な光景を捉えている林も、はじめは森が「きわめて変化に乏しい被写体であることに悩んできた」と言う。だが、取材を重ね、森の時間を共有するなかで、そこに"瞬間"があることに気づいていく。

 「偶然出会う場合でも、そうでない場合でも、森が沈黙を破るかのように垣間見せる素晴らしい一瞬にいあわせていると、森が生きているというより動いているという気がして心が弾む。それは、癒されるというような受動的なものではない。そこには、エネルギーに満ち溢れた彼らの力強い表情があり、自分もその力を分け与えられて勇気づけられていく」

 もうひとつの奇跡とは、こうして林が、森が動くものであることを見出したことである。写真は動いているものを止めるものだと思われている。そうした発想に立つかぎり、森はありふれた被写体でしかない。しかし、林は止まっているものを感性によって動かした。だからこそ、森の"瞬間"を捉えることができたのである。これは、写真の技法のコペルニクス的転回と呼ぶべき奇跡ではないだろうか。

 このようなふたつの奇跡に満たされているにもかかわらず、本書はそれを声高に主張することなく、ただ静かに読者を待つような造本がなされている。読者自らが動き、この写真集の表紙を開くとき、動く森もまた自らの"瞬間"を露わにするのである。