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[書評:記憶を旅し、秘密の迷路に戯れる・中里和人『路地』/日本カメラ2005年3月号:201]


路地―Wandering Back Alleys  カメラを持つ者ならば、必ず惹かれる被写体というものがある。路地もそのひとつであろう。しかしまた、路地はなかなか写真に写らない被写体の典型でもある。なぜならそれは、たんなる入り組んだ細い道ではなく、場所であり空間であり、それだけでなく、気配であり匂いであるからだ。

 およそ10年間に渡って撮り集めてきた全国の路地を編んだ中里和人の『路地』は、そうした目に見えないものを写しとった、希有な写真集である。眩しく反射する屋根、彼方に霞む遠景、順光が描き出すコントラストの幾何学、夜に浮かび上がる白熱灯とテレビジョンの光、夕陽に照らされた髪、薄暮と街灯の均衡。写真家は、絵に描いたような路地にカメラを向けるかわりに、路地に戯れるさまざまな光と戯れ、光が織りなす遠近法のわずな歪みを見事に捉えている。

 「路地の記憶をたどっていくと、故郷の三重で見た、港町の鳥羽、門前町の伊勢、商人町松坂の、商店や民家を結んでいたほの暗い路地裏の光景が蘇ってくる。子ども時代を過ごした昭和三十年代は、一歩街に入ると狭い路地だらけで、街の路地というより路地の街という表現がぴったりしていた」

 こう述べる中里は、路地迷路を歩く味わいを、「体が街の中に溶けてさ迷う快感」と形容している。街の中に体が溶けていくとき、それはおそらく、遠近法によって眼差すことをやめた身体が、遠近法のわずな歪みに入り込み、記憶を旅し、秘密の迷路に隠された郷愁と触れ合うときなのだろう。そして幸いなことに、この写真集によって、秘密の迷路への扉は読者へも開かれることになった。

 表紙を開けば、そこには路地の愉悦に満たされた至福の時間が待っている。