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[書評:書き手と撮影者の織りなす豊かな川の物語・大西成明『日本の川100』/日本カメラ2004年12月号:119]


 川には不思議な懐かしさがある。子供の頃に川遊びをした経験などがある人はもちろんだろうが、堤防に遮られた濁った川しか見たことがないような人でも、川を見るとえもいわれぬ郷愁にかられるのではないだろうか。幾度も見たふるさとの川、旅先で移動中に見かけた川、津々浦々に血液のように流れ、さまざまな思い出が染みこんでいる日本の川は、わたしたちの記憶の源にもなっているのかもしれない。
 『日本の川 100』の作者大西成明は、そのことを的確かつ端的にこう言っている。「人は誰でも一本の川の物語を心の奥深くに持ち続けている。そしてその記憶が前触れなしに突然甦ってくることがあるものだ」。
 100本の日本の川を編んだ本書は、たんなる川の記録ではない。ページを捲っていくとそこには、少年たちがパンツ一丁で遊ぶ川があり、屋形船が浮かぶ川があり、恋人たちが語り合う川があり、釣り人で賑わう川があり、そして神秘的ですらある清流や、繊細な日本の四季を映し出す川がある。南から北へ、日本全国の川を16年に渡って大西は歩いてきたが、彼は川が響かせる命の鼓動に耳を澄ませ、川の流れのさざ波に浮かんでは消えていく記憶の澱から、幾多の物語をたんねんに拾い上げてきたに違いない。
 どのページでもいい、本書を開いてみると、そこには記憶の源としての川が、懐かしい物語を生き生きと浮かび上がらせている。そしてそうしたイメージの間に収められた、高橋睦郎、赤江爆、大庭みな子、古井由吉、北杜夫、藤沢周、安岡章太郎、早坂暁といった、そうそうたる書き手による川をめぐる珠玉のエッセイが、物語をさらに豊饒なものにしている。ひとりで見るだけでなく、誰かに本書を手渡し、想いを共有したくなるような、不思議な魅力に満ちた写真集だ。