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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #185 2003 summer:96-97]


 『JAPAN NEW MAP』は、廃墟や人形など独特のモチーフを捉えた作品で知られる小林伸一郎氏が、自然と人工物が入り交じる日本各地の不思議な風景を編んだ新作です。
 自然のなかにこつ然と現れるコンクリートや鉄骨、開発の爪あとは、このところ論議の的になることも多い、環境破壊や公共事業の必要性といった問題を思い起こさせるものでもあります。しかし本書は、そうした場所を問題の現場としてではなく、社会が生みだした今日の景観としてたんたんと捉えています。作者はこう述べています。
 「山あいの現場に立つと、自然の持つ複雑な曲線美と灰色のコンクリートとの対比はエロティックでさえある。緑の階調に突出する鉄柱はひときわ異様な光景に映る。美を意識していないそれらがなぜ私に強烈なインパクトを与えてくれるのか。たぶんそれらの人工物をもっとも忌避すべき日本の山野ゆえに不測の視覚的効果が得られるということかも知れない。」
 本書に収められたイメージには、自然と人工、過去と未来、構築と破壊といった、いっけん相反するようなものが交錯しています。それらを対立するものとしてではなく、矛盾しながらも同時に存在するものとして受け止めている小林氏の写真は、単純な問題提起にとどまることなく、私たちが生きる社会の姿を象徴的に浮かび上がらせ、文明というレベルで環境を深く考えることへと導いているように思われます。
 『日常生活』は、最近話題になっている、LOMO、HOLGA、PolaHOLGAといった、いわゆるトイカメラを使って、16人のアーティストが日常を捉えた写真集です。
 高性能化、高機能化を競うのが常のカメラの世界にあって、最低限の機能しかもたないトイカメラが人気を集めているのは、現在ではほとんど見ることがなくなってしまった、ピンボケ、ブレ、レンズの歪み、独特の色再現などによって、技術的な“失敗作”ならではの“味”を生みだしてくれるからでしょう。操上和美、森山大道、平間至、野村浩司、佐内正史、今井智己、野口里佳といった、おなじみの写真家の各氏から、鈴木清順氏や石井克人氏といった個性的な映画監督など、多彩な顔ぶれが繰り広げる、トイカメラと日常生活の出会いは、どこか懐かしくも生々しい写真独自のリアリティに満ちています。
 アーティストとトイカメラのカップリングというユニークな企画によって生まれた本書のさまざまな写真は、いつの間にか忘れかけていた、写真をはじめて撮ったときの驚きや喜びを、あらためて思い出させてくれるに違いありません。
 『KOREAN BOXER』は、『BOXER』『TATSUYOSHI』『MEX BOX 拳闘旅行』『PHILIPPINES★BOXER』と、日本、メキシコ、フィリピンのボクサーの写真集を手がけてきた佐藤ヒデキ氏が、韓国のボクサーを撮った新作です。ボクサーを撮り続けてきた佐藤氏にとっても、今回の撮影は、試行錯誤の連続であったようです。佐藤氏はこう言っています。
 「考えは二転三転するが、最終的に元世界チャンピオン、チャレンジャー、ランカー、そして現役のポートレイトをミックスしようと考えた。当初はこんなに大変な作業になるとは思ってもみなかったが、撮影が進むにつれ、なんて無謀な計画を立ててしまったんだろう、果たして本当に元世界チャンピオン全員撮りきれるだろうか……。そんな思いに不安の日々が続く。…何度も何度も挫折という大嫌いな言葉にぶちあたりそうになった。その都度思いもよらずタフな協力者が現れてくれた。写真の神、ボクシングの神がいる、と思えた。」
 こうしてようやく完成した本書には、柳済斗、張正九、柳明佑など歴代の世界チャンピオン、ハーバード康、徐強一、権鉄など伝説のボクサーをはじめとして、総勢120名に及ぶ韓国人ボクサーが収められています。それらが、たんなるボクサーの肖像にとどまることなく、栄光と挫折、プライド、さらには韓国の歴史までをも凝縮しているように見えるのは、作者の粘り強い取材のたまものと言えるのではないでしょうか。
 『写真とことば』は、飯沢耕太郎氏が、25人の写真家の言葉のセレクションに解題を付して編んだ一冊です。
 野島康三、土門拳、木村伊兵衛といった歴史的な写真家から、森山大道、荒木経惟、高梨豊、石内都、畠山直哉といった現代の写真家まで、幅広く作り手の言葉を拾い集めた本書は、それぞれの思考が興味深いだけでなく、通読することによって、日本写真史の一面も自然と学べるようなものに仕上がっています。選ばれた言葉も、これまでにあまり紹介されたことがないものや、目に触れる機会が少ないものが数多く含まれており、さすがは写真と言葉のスペシャリストである飯沢氏ならではの、珠玉のセレクションであると言えましょう。
 「撮影と制作の経験によってつかみとられた知恵は、ことばによって確認されることによって、写真家たちを動かしていく力となるのだ」と飯沢氏が語っているように、いっけん対極にあるように思われがちな写真と言葉は、実はとても密接な関係にあります。その意味で本書は、写真を見る助けになるだけではなく、撮るための大きなヒントも与えてくれるのではないでしょうか。