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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #184 2003 spring:104-105]


 『The last brightness』は、2000年に銀座と大阪のニコンサロンで同じタイトルの写真展を開催した、山下昭氏による写真集です。
 展開されているモチーフは、廃屋、廃材、畑、植物、石仏などさまざまですが、写真集を通して一貫しているのは、静謐で重厚なモノクロームによって、えもいわれぬ不思議な存在感が導き出されていることでしょう。モチーフは断片化され、いわば抽象化されているにもかかわらず、存在感を失わないどころか、ますます独特の存在感を浮かび上がらせているのです。その大きな理由のひとつは、作者が次のような明確なビジョンを持って、写真表現に取り組んでいることにあるでしょう。
 「私にとってカメラは単なる光学機器ではなく、自らの肉体の一部分、とくに眼であり、中枢神経系の先端である。そのカメラのアンテナを刺激する物であれば、何物でも撮った。一枚の写真が暗室の中で白黒に紙焼きされ、一つの閃光と水の中から産み出されるプロセスは、丁度、胎盤の羊水の中から胎児が産ぶ声をあげて産み出されてくる恍惚の瞬間と類似している。自然や人間のつくった物には、必ず移ろいがある。生命の消滅や物質の崩壊をめぐるドラマのなかで、滅び行く物はchaosとともに最後の輝きをはなつ。写真は、物質の表現や再現を変容させる力を持っているといわれる。だから、その輝きは、予想を裏切ったり、あるいは予想をはるかに超えた異質の世界を現出させる。」
 山下氏が、解剖学、基礎免疫学を専門とする基礎医学の研究に携わる傍らで、本格的に写真表現に取り組みはじめたのは1994年のことですが、卓越した写真表現のビジョンは熟達した表現者のそれを感じされるものです。おそらくは研究での研ぎ澄まされた視点が、写真においても十二分に発揮されたのだと思われますが、このように、表現の技法に習熟することのみならず、作者独自の視点が優れた作品を生むことは、写真表現ならではの醍醐味と言えるのではないでしょうか。
 『空蝉の風景』は、虚実空間をテーマに、独創的な心象風景を展開し続けてる有野永霧氏が、カラーによる日本国内の風景を編んだ一冊です。
 日本全国津々浦々の、自然の中の人工的な痕跡が生みだした光景を収めた本書を捲っていて感じるのは、絶妙のシャッターチャンスで風景が捉えられていることです。風景を撮った写真にシャッターチャンスというのも、少し不思議に感じられるかもしれませんが、光線の変化、空や波の表情など、刻々と姿を変えていく風景を、作者は実に繊細に見つめ、写真へと定着しているのです。
 自然と人工が織りなす動的なコントラストが、感嘆するほどデリケートな風景として浮かび上がっている本書は、読者を一枚一枚の写真にそっと立ち止まらせるとともに、自由な想像へと羽ばたかせてくれるに違いありません。
 『写真、時代に抗するもの』は、美術館学芸員として、多くの企画に携わってきた笠原美智子氏が、展覧会のために書いた文章をメインに編んだ評論集です。笠原氏はあとがきで、こう述べています。
 「周りのさまざまな教えや意見を拝聴するのは当然だが、そのうえで展覧会の内容に関するかぎり、最後は『独裁者』として一人のキュレーターが細部にわたってすべて決定し、責任を引き受けるしかない。合議制でおこなわれる展覧会もあるが、概して当たり障りのないつまらないものである。極端に聞こえるかもしれないけれど、展覧会とは、誰か一人のキュレーターが、その主題や出品作品、アーティストを心から愛し研究し、全身全霊を捧げなければまともにはできないものである。」
 とかく、気配りを重視し、責任の所在が曖昧になることの多い日本の社会において、ここまで明確に学芸員の責任が語られることは、まことに希有なことと言えましょう。そして、たんにそう語るだけでなく、実際にそれを果敢に実行してきた笠原氏による本書は、写真表現を真摯に考えるための必読書であるだけでなく、写真の展覧会というものの奥深さや面白味を反芻させてくれる思考の宝庫でもあるでしょう。
 『デジカメ時代のスナップショット写真術』は、スナップショットの名手として知られる大西みつぐ氏が、デジタルカメラという話題のメディアまでを射程に入れながら、スナップショットならでは写真の愉しみを、さまざまな角度から照らし出した、ユニークな新書です。
 「技法書を捨てよ町へ出よう」という章からはじまる本書は、いわゆる写真の入門書とは一線を画しています。また、デジタルカメラという最先端に見える技術をいち早く取り入れて、流行に乗ろうという内容でもありません。本書で展開されているのは、「スナップショットを通して、みなさんひとりひとりのかけがえのない時間と空間をつかまえていただきたい、そのための手引書」と大西氏が言うように、「ご近所写真術」を通して写真の素朴な愉しみや豊かな魅力をいまいちど見つめ直そうという提案です。
 とはいえ、本書はけっして基礎的な話に終始しているわけではありません。写真の歴史から、表現の最近の動向、メディアに対する考察、実用的な技術や具体的な機材のアドバイスといった、幅広い視野で写真表現を説きながらも親しみやすい本書は、初心者から上級者まで、誰もが学ぶべきところがあり、写欲をかきたてられることうけあいの一冊です。