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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #183 2003 early spring:124-125]


 『SHADOWS』は、人気のない東京の姿を写した『TOKYO NOBODY』で注目を集めた新進気鋭の写真家、中野正貴氏が、世界で最も混沌とした都市のひとつである香港を撮った新作です。香港をはじめて訪れた印象を、作者はこう語っています。
 〈撮影したいと思う全ての景色や人物が、打ち合わせた様に、まるで約束でもしていたかの様に次々と目前に現れた。「望めば、必ず手に入る」。こんな不思議で出来すぎた体験は初めてだった。この街には都市の要素、形態が古いものから新しいものまで全て、見本市の様に揃えられていたのだ〉
 本書でも前作同様、人気のない都市の光景が多く収められていますが、無人の東京の風景が静けさをきわだたせていたのと対照的に、無人の香港の風景は、そこに人がいなければいないほど、不思議ななまめかしさを浮かび上がらせています。そうした光景の間に挿入されている、人物がまるでマネキンのように見えるポートレイトもじつに効果的で、写真集全体を不思議な存在感のあるものにしています。作者の印象が、まるで映画のセットを写したスチルのような映像となって、本書に結実していると言ってよいのではないでしょうか。
 〈大事なものは暗闇にそっと隠すだろう。陽も当たらず、光も届かず、必要とされず、無視されつづけ、見落とされているもの。華やかな世上の流れの影の中に、じっと息を殺して、静かに潜んでいる大切なもの〉。作者が心惹かれると言う、普段は見えにくいものが、ここには見事に写しとられているように思われます。
 『ニューヨーク地下鉄ストーリー』は、高知県在住の地方公務員である一方で、精力的に写真表現に取り組んできた角田和夫氏による、はじめての写真集です。
 ニューヨークの地下鉄は、これまでにも世界の写真家がしばしば取り組んできたモチーフですが、ニューヨークの地下鉄で交錯するミュージシャンや人々のドラマを、とてもきめ細やかに定着した写真は、それらの写真に勝るとも劣らないリアリティを持っています。4年で7回に渡った粘り強い取材が、ニューヨークの地下鉄に作者をとけこませていったことはもちろんでしょうが、人間の生きる力をしっかりと見つめようとする作者の眼差しがあればこその力作であることは言うまでもないでしょう。
 ページを捲るたびに、ニューヨークの喧騒のなかで出会いと別れを繰り返しながら、日々をパワフルに生きていく人々の、ささやかな瞬間に凝縮された人生が心に染みる一冊です。
 『キューバ、甘い路上』は、ジャズ・ミュージシャンを撮ることで写真の世界に入り、アフリカ、ブラジル、カリブ、アジアなど灼熱の地に惹かれていることから、熱帯写真家、踊るカメラマンという異名を持つ写真家、板垣真理子氏による、すべて未発表の撮り下ろしのキューバの写真を編んだものです。
 キューバという土地独特の魅力は、近年改めて注目されるようになってきていますが、作者のアプローチは、大上段に構えることなく、まるで住み慣れた町の仲間たちを撮っているかのようです。キューバの土地と人々の等身大の魅力が、その気負いのないカメラアイによって、ここには存分に展開されています。作者はこう言っています。
 〈やさしさ、楽しさ、満ち足りた気持ち。人にやさしく働きかけようとする気持ち、いつも自分でも楽しく生きようとする意思、理想をもつ強さ。時には哀しみやせつなさも、それが昇華されていく時に人々の心を暖かく溶かす。どれもシンプルで、誰でもがわかっていることみたいで、でもそれがそこらじゅうにある国というのもまた、そうそうないものでもあった〉
 カメラがあってモチーフを探すのではなく、モチーフに対する愛情によってカメラを向けるという、つい忘れがちな写真を撮る気持ちの原点とも言うべきものも再確認させられる写真集です。
 『カメラキメラ』は、若手でありながら多くの賞を受賞し、国内外の美術館にも作品がコレクションされている、パリ在住の女性写真家、オノデラユキ氏の作品をまとめた写真集です。
 宙に浮いているかのような服、鳥の羽ばたき、暗闇に浮かぶ家といった、ここに収められた作品は、いっけんどれもつかみどころがない抽象的なものに見えながら、見る者を捉えて離さない奇妙な魅力があります。それはおそらく、これらの作品がたんなる思いつきではなく、練り上げられた考えによって作られたものだからでしょう。例えば、群衆の上に光が写っているように見える写真は、カメラの内部にガラス玉を入れて撮影されたものであり、そこにはレンズを通して何かを写すという写真のメカニズムそのものが、入れ子のように内在しています。またあるいは、ぼやけた表情の写真は、雑誌や新聞から切り取ってきた目や鼻の写真を粘土に貼り付けたものを撮影することによって、映像の認識という問題をも提起しているようです。  このようにコンセプトがしっかりしている作品であるにもかかわらず、現実と非現実の境目をしなやかに直截に照らし出しているところには、新しい世代のならではの新鮮な感性の息吹が感じられるのではないでしょうか。