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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #186 2003 autumn:102-103]


 『BACK GARDEN 裏庭考現学』は、筬島孝一氏が1990年代半ばから撮り続けてきた裏庭の光景を編んだ写真集です。
 写真表現において、日常性がテーマとして注目されるようになって久しいですが、日常の中の日常性とでも言うべき裏庭というモチーフは、その余りの身近さからか、まとまったテーマとしてはほとんど扱われたことがなかった場所ではないでしょうか。作者はこう述べています。
 「美しく取り繕われた“表”に対する“裏”は、いわば“タテマエ”に対する“ホンネ”。そこには、雑然とした日常が散在した風景が展開されている。放置された暮らしの断片、それは、生きるということの猥雑さを、まさに具現化しているように見えた。生々しく猥雑であるほどに、“生”は更なる輝きを放つ。具象から、意識の深層を解明しようと試みることは危険であるが、撮る行為による視覚認識の顕在化、それは私を捉えて離さない。」
 単なるモチーフとしての面白さからだけではなく、このような思索をベースにした粘り強い撮影から生まれた本書は、いっけん似たような裏庭が収められているように見えながら、そのどれもがそれぞれの家独特の時間の流れや習慣を照らし出しており、日本の日常的な生活を圧縮したような細部に満ちています。写真による日常的な文化への優れたアプローチであるとともに、写真にはまだまだ切り開かれていないモチーフがあることを気づかせてくれる一冊ではないでしょうか。
 内山英明氏による『JAPAN UNDERGROUND II』は、ふだん目に触れることのない地下世界を撮って話題を呼んだ前作『JAPAN UNDERGROUND』の続編です。
 六本木ヒルズ地域冷暖房施設、国会図書館地下書庫、放射線研究所、りんかい線、毒ガス保管倉庫跡など、北海道から沖縄までの61施設の写真を編んだ本書は、前作に負けず劣らず、驚きに満ちた地下空間の風景を展開しています。
 「闇の中で神秘的に輝く地下観測所や実験場などの未来施設は、ある意味では人間の叡智が生み落とした壮大な夢の結実、21世紀の『理想宮』かもしれない。日本の地下に網の目のように広がりつつある超現実世界。いずれ、そう遠くない未来、そうした大深度の世界が地下に蔓延するだろう……。今こそ、ヒトが出現した遠い遠い闇の記憶に向かって真摯に耳を澄ますべき時だ。人と地下世界との有機的な交わりはそこからしか始まらないのだから。」
 このように作者が指摘するように、地下の風景は人間の叡智を映し出しす鏡であると同時に、未来の世界を暗示するものでもあるでしょう。さまざまな色彩に照らし出された人工物のフォルムによる静謐な風景は、読者に驚きだけでなく、考えるべき多くの事柄を浮かび上がらせているに違いありません。
 『アジアから』は、市原基氏がパノラマカメラを用い12年の歳月を費やして撮り続けてきた、スリランカ、インド、ベトナム、チベット、フィリピン、インドネシアなどアジア各地の風景や風俗をまとめた写真集です。
 大きくて目立つパノラマカメラは、飛行機での重量超過、盗難の危険、三脚が使えない場所での一脚での撮影など、ひとすじなわではいかない苦労を作者に強いたようです。それを乗り越えさせたのは、作者の「神様が作ったこの自然の大舞台を背景に、日々演じられる人と動植物などが作り出す壮大なドラマを記録するには6センチ×17センチという大判フィルムを使うパノラマカメラが最適である」という信念と、「アジアから陽が昇り、アジアから目覚める。21世紀の地球環境保護も世界平和も、すべてアジアから始まる。アジアからの水と風と土の便りを、この本に込めて届けたい」という熱い思いでしょう。
 ヘキサクロームという6色印刷によって作られた本書は、アジアの風景の、時にダイナミックで時に繊細な色彩を、感動とともに読者に届けてくれることうけあいの写真集です。
 『写真論集成』は、伝説のムーブメント『プロヴォーク』の理論的支柱であった多木浩二氏の、1970年代から今日に至るまでの写真に関わる文章を編んだ一冊です。
 建築、デザイン、美術、写真など、多様なジャンルを横断しつつ、鋭い批評を展開し続けてきた多木氏の文章は、世界や時代を考えるためのユニークな視点を提供し、人々に大きな影響を与えてきました。そうした多彩な仕事のなかでも、写真をめぐる論考は、作者が「写真という十九世紀以来の表象は、私に新しい視点を要求したし、私は建築や絵画とはちがったタイプの知的冒険をしなければならなかった。それはたんなる表現という以上に、社会を変え、われわれの知覚や認識を変えるものであった。生産され流通する写真の全体が、人間の社会にとっていかなる作用をもつかが問題であり続けた」と述べるように、独特の意味合いを持ったものであり、とても示唆に富むものです。
 今では手に入らない本からの文章も多く収録し、写真家、メディア、モードといったさまざまな側面から幅広く写真を捉えている本書は、必ずや視野を広げ、深めてくれる、貴重な思考の集成であると言えましょう。