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[二つの個性が醸し出す親密な時の流れ:豊浦正明『遠くからの声』船越桂作品集/日本カメラ2003年10月号:106]


 船越桂という名前は知らなくても、写実的でありながらどこか幻想的で、独特の静謐さを孕んだ、遠くを見つめているような人物の木彫作品は、多くの人の記憶に残っているのではないだろうか。現代美術の作家としては珍しくそのようなポピュラリティを獲得している船越の制作風景と作品を、ボンデージなどのフェティッシュな写真で知られる豊浦正明が撮ったのが本書である。
 あとがきによると二人の出会いは、船越の作品に興味を持っていた豊浦が、アトリエが近所であることを知り、意を決して電話をかけたことがきっかけであった。豊浦は自身の撮影風景を次のように書いている。
 「アトリエを訪れて邪魔にならないよう、楠のいい匂いの中、ぼんやり制作風景眺めてます。モチロン時々シャッター押すのを忘れてはいけない、写真撮らなきゃ、ただの邪魔なファン。カシャカシャ、バシャバシャ、カメラ取っ替え引っ替え撮影、しばし雑談、また撮影。制約なく自由に好き勝手気まま、撮らせて貰いました。…やはり本物のアーティストの真摯な制作風景、身近に見られるなんてホント幸せ!ウン」
 美術家の作品を写真家が撮るというプランは、魅力的にも思えるが、実際には二つの個性が噛み合わず消化不良の結果に終わることも多い、諸刃の剣である。独特の作風の二つの個性によるコラボレーションであるにもかかわらず、本書が船越作品の新たな魅力を写真によって引き出したユニークな一冊に仕上がっているのは、豊浦が述べているような自然な時間の流れのなかで撮影がなされたからであろう。読者もまた、ページを捲るごとに、二つの個性が醸し出した時間の流れを親密に共有し、味わうことができるに違いない写真集だ。