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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #181 2002 summer:104-105]


 『定本 木村伊兵衛』は、日本の近代写真を代表する大きな存在である木村伊兵衛氏の写真を編んだ一冊です。
 木村氏の写真は、日本の近代・現代写真に多大な影響を与えながらも、ひとつの固定した枠組みに収まることなく、独自な輝きを放っていることで知られています。しかしその独自性は木村氏を、作品の展開と全貌を把握するのが難しい作家にしているとも言えるでしょう。戦前から戦後のよく知られた代表作をはじめ、これまでの写真集にあまり収録されてこなかった、ヨーロッパでのカラー写真などの珍しい写真も収め、また、多くの未発表作を含んで、ダブルトーンによる良質の印刷で木村氏の写真を再編した本書は、そうした木村氏の写真のいぶし銀のような輝きを、生涯に渡る展開の中で味わうのに最適な写真集ではないでしょうか。
 本書を捲っていると、有名な人物や土地を取材した写真も、街の中での日常的な光景を撮ったスナップショットも、変わらぬ眼差しで淡々と捉えていたカメラワークが浮かび上がってきます。一枚一枚の写真の絶妙なイメージはもちろん、写真を撮ることに対するそのような木村氏の姿勢は、写真を撮る者にとって多くのことを示唆してくれるように思われます。
 『NORTHERN』は、広告写真やエディトリアル写真で常に時代の第一線を歩んできた操上和美氏が、そうしたコマーシャルのフィールドではなく、プライヴェートな北海道の旅で撮った写真を編んだ写真集です。
 「父が逝って二ヶ月ほど過って、ふと北の海が見たくなり北海道の旅をした。私は五十八才になっていた。…母が死に、祖父が死ぬ、父が死んですべての存在が消滅してゆく、そして風景が変ってゆく、それがなんであれ、一人の旅行者となって全感覚を開いた時自分は何に向ってシャッターを切るのだろうか、それを確認したい衝動に駆られてこの旅は始った。意識的に人を訪れたりしない、意の赴くまヽに移動すること、時間の感覚を漂いながら、たった一回限りの光に反射する旅。…旅は何時も郷愁を誘いちょっと悲しく、その悲しみを楽しむためにあるようだった。」
 このように述べる操上氏が、北の土地で写したスナップショットは、とても率直でありながら、繊細で複雑な感情を孕んだ、静謐で豊潤な写真になっています。操上氏のコマーシャルでの仕事が、独特の感性による個性的なものであることは周知の通りですが、このプライヴェートな作品では、その独特の感性が、率直なスナップショットの瞬間瞬間の中に見事に結実しており、作者の熟達したカメラアイを感じさせます。
 『STARS AND STRIPES―NEW YORK DECEMBER 26, 2001−JANUARY 5, 2002』は、写真のニューウェーブをリードするホンマタカシ氏が、2001年12月26日から2002年1月5日までニューヨークを撮った写真で編んだ一冊です。
 ニュー・イヤーズ・デイを挟んだ、9月11日の世界貿易センターテロ以後のニューヨークは、とてもシンボリックな場所だと言えるでしょう。しかしホンマ氏は、そうしたシンボリックな場所としてのニューヨークを、強調するでもなく、またあえて避けるでもなく、クールに捉えています。ロックフェラー・センターのスケートリンク、空から見たグラウンド・ゼロ、ブルックリン・ハイツ・プロムナード、エンパイア・ステート・ビル、クライスラービルといったよく知られた場所も、もちろん写真に収められているのですが、何気ない日常的な光景もまた等価に写真に収められており、結果としてニューヨークという都市の空気感の現在が、見事に浮かび上がっているように感じられます。
 このように、シンボリックな場所の平常を捉えることは、容易にみえて、実はとても困難なことではないでしょうか。それゆえに本書は、誰もが見たことがありそうでありながら、実際にはこれまで誰も見たことのなかった、ニューヨークの優れたドキュメントになっていると言えるでしょう。
 『日本の美術館と写真コレクション』は、東京都写真美術館叢書の一冊として出された、写真のコレクションを有している美術館、博物館のガイドブックです。
 ここ十数年ほどで、多くの美術館が写真作品の収集・展示を手がけるようになっており、オリジナルの写真を鑑賞できる機会も増えてきました。本書では、そうした動向の先駆けである、川崎市市民ミュージアムや横浜美術館、東京都写真美術館をはじめとした国公立美術館はもちろん、写真の町を宣言している北海道の東川町文化ギャラリー、山形県の土門拳記念館や長野県の田淵行男記念館、鳥取県の植田正治写真美術館といった作家の美術館、また、福原信三・路草の写真をコレクションしている資生堂アートハウス・資生堂企業資料館、ファッション写真に特化した神戸ファッション美術館、幕末明治の風物や風俗を撮影・彩色した、いわゆる「横浜写真」などを収蔵する横浜開港資料館、日本最古のダゲレオタイプを保存している尚古集成館といった、特色豊かな資料館なども紹介されています。巻末には詳細な作家索引も付せられているので、興味がある写真家が、どの美術館でコレクションされているのかを知るといった使い方もできるでしょう。写真鑑賞にぜひ役立てたい一冊です。