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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #180 2002 spring:98-99]


 『まほちゃん』は、日常の何気ない雰囲気を捉える独特の作風で知られる島尾伸三氏が、現在は漫画をはじめとして多彩な活動で注目されている、娘のしまおまほさんの子供の頃の写真を綴った写真集です。
 一枚一枚の写真に写っているのは、どこの家庭にでもありそうな、少し懐かしいありふれた光景なのですが、ページをめくるうちに、とても豊饒な時間が流れていることに感動を覚えます。家族という最も身近な対象を写したこの写真集には、作者ならではの、日常の時間の豊かさを写真で捉える姿勢が鮮明に照らし出されていると同時に、敬愛とも言うべき家族への愛情が満ちています。島尾氏はこう言っています。
 「窓からの月明かりに青白く照らされた寝姿は、優しいシルエットを浮かび上がらせています。白く輝くこの緩やかで時に激しい曲線が私を虜にしたのです。熱い吐息が闇を走る時、赤ちゃんに聞かせる登久子さんのゆっくりとした静かな歌声が闇にこぼれる時、私の五感は乾ききった砂漠の砂のように、その不思議なまでに神聖な瞬間を吸収しようと全開になります」
 同じく写真家である潮田登久子さんは、「夢中になって遊んでいるまほちゃんを、伸三さんと私は、自分たちの存在を透明人間にしてながめさせてもらいました」という文章を、しまおまほさんは、「世界中にいくつもある家族のなかのたったひとつの家族でした。在り方は変わっても、お互いを想う気持ち、距離はいつまでも同じです」という文章を、この写真集に寄せています。目に見えない家族の間の距離と愛情が写真に溶け込んだような本書は、豊饒な写真の時間性をも浮かび上がらせているように感じられます。
 『THE BERLIN WALL』は、崩壊後のベルリンの壁を、土田ヒロミ氏が取材した写真集です。
 ベルリンの壁と名付けられているにもかかわらず、この写真集に収められているのは、現在は非常に見えにくくなっているベルリンの壁の痕跡です。したがって、写真集の題名からして、いささか逆説的なのですが、その逆説はまた、いろいろな出来事が見えにくくなっている今日の、私たちが生きる世界の逆説そのものでもあるのではないでしょうか。土田氏は次のように述べています。
 「壁がつくり出していた空虚な広がりは、いまどのように満たされようとしているのだろうか。壁の傷痕は、東西の統一で美しい連続した都市空間に変貌しているのだろうか。いや、そんなに容易に癒えるような傷痕ではないはずだ。かさぶたとなって、まだ、広がっているに違いない。その空間こそ、現在を物語っているはずだ。二十世紀の冷戦構造の終焉から、新しい世紀へ向かおうとする現在の状況が、具体的なかたちをとって現れているに違いない」
 写真というメディアは、一般的には過去を記録するものとして認識されていますが、本書は、写真が現在を通して過去を見つめるメディアとしても有効であることを示した意欲作だと言えるのではないでしょうか。
 『レンズ汎神論』は、カメラやレンズに造詣が深いことでも知られる写真家の飯田鉄氏による、レンズをめぐるエッセイを編んだ本です。
 昔からレンズにまつわる論議は尽きませんが、自身が実際に使った経験から、虫眼鏡から50ミリの標準レンズ、魚眼レンズから望遠レンズまで、さまざまなエピソードを交えて書かれた本書は、データや設計をめぐる抽象的な論議とは違って説得力があり、読みすすめるうちに、レンズをめぐるいきいきとした知識に自然と興味がわいてくる違いありません。
 活性化する中古市場も含めて、私たちには膨大なレンズの選択肢があるわけですが、その分、選択に迷うことも少なくないでしょう。写真家の視点から書かれた本書は、そうした時の有効な道標にもなってくれるのではないでしょうか。
 『写真の語り部たち』は、残念ながら1998年に他界された、写真の研究・教育に携わってきた澤本徳美氏による文章を、飯沢耕太郎氏の監修によって編んだ一冊です。
 本書は、「写真は現代の語り部たり得るか」、「写真イメージの時空性について」、「写真と絵画」、「写真の私性と普遍性についての一考察」といった論が編まれた1章と、写真家をめぐる論が編まれた2章で構成されています。写真をめぐる、いわば基礎的な問いが展開された1章は、いっけん少々難解にも感じられますが、基礎的なだけに自明化されて問わずに済まされているような問いが丁寧に論じられており、専門的な論議に終わることなく誰にでも理解できるような内容になっています。また2章では、ナダールやエドワード・ウェストンから、木村伊兵衛、土門拳、そしてウィリアム・クラインやリー・フリードランダーといった、さまざまな作家が登場しており、写真表現の奥深さを実感することができるでしょう。
 このように澤本氏の写真研究・教育が凝縮されている本書は、写真の優れた教科書でもあると言えるでしょう。とかく私たちは新しい写真表現に目を奪われがちですが、新しい表現は、歴史の蓄積なしにはあり得ないものでもあります。そうした蓄積をきちんと再確認するための絶好の本ではないでしょうか。