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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #179 2002 early spring:104-105]


 『廃墟漂流』は、『DEATHTOPIA 廃墟遊戯』や『人形・HITOGATA』など、独特の雰囲気を漂わせた写真集で知られる、小林伸一郎氏が撮り集めた日本の廃墟を編んだ一冊です。
 作者が1990年代から今日にかけて撮影したのは、鉱山、工場、廃線、病院、学校、遊興施設など、かつて人が集い、やがて役割を終え、うち捨てられていった場所です。それらはどこにも人間が写っていないにもかかわらず、社会や文化などの営みの痕跡が凝縮され、かえって人間の気配が濃密に浮かび上がっています。
 〈機能を失った空間が長い時の蓄積によって、最後は美として再生を始める。さまざまな哀感に塗り込められた過去と必滅の宿命を背負い、消え行く未来との間に鎮座する美しき廃墟。過去と未来、二つの異なる時空が重なり合う不思議な空間との出逢いを求め、私の旅はこれからも続く。〉
 このように述べる作者は、ただフォトジェニックな空間として廃墟を見つめるのではなく、交錯する時間との出会いの場所として廃墟を捉え続けてきたに違いありません。ひところ廃墟というモチーフは写真表現のブームのようなものにもなりましたが、独自の美学と粘り強い取り組みによって捉えられた小林氏の廃墟の写真は、それらとは一線を画した存在感を放っているように思われます。
 『しあわせ インド大地の子どもたち』は、時代の流れからはずれた人々や風景を、淡々と、しかし、いつくしむような柔らかな眼差しで捉える鬼海弘雄氏が、インドの子どもたちを撮った写真集です。
 20年ほど前からインドに魅せられて、旅を繰り返しているという作者が撮したインドの子どもたちは、とても自然でまっすぐな視線を読者へと向けています。インドの子どもたちについて、作者は次のように言っています。
 〈自然のめぐみをうけながら、つつましく暮らしている子どもたちを見ていると、そこに、ある「しあわせ」を感じるのはなぜだろう。ひとの暮らしのなかには、貧しいけれど、自然にすべてをまかせる生き方でしか育まれない、「しあわせ」があるのだろうか。それとも、便利なものが豊かにあふれる暮らしには、べつの貧しさが生まれているのだろうか……。〉
 インドの子どもたちの姿を写真によって伝えようとするというよりも、そこに満ちているしあわせの在りようを見つめることから生まれた鬼海氏の写真は、しあわせとは何かという、人間の普遍的な問いかけを静かに投げかけているのではないでしょうか。
 『UNDERCONSTRUCTION』は、石灰岩の鉱山や、都市の地下の川といったユニークなモチーフを取材した写真で注目されている気鋭の写真家、畠山直哉氏が、伊東豊雄氏設計の現代建築「せんだいメディアテーク」の建設過程を、2年以上かけて撮った写真集です。
 建築写真というと、機材など硬質なものを対象にしているだけに、とかく無機質なイメージを想像しがちですが、本書に収められているのは、いわば生命が宿っているかのような、有機的な建築のイメージです。もちろんそれは、伊東氏の建築コンセプトによるところも小さくないでしょうが、それに加えて、畠山氏の次のような認識が、個々のイメージにも浸透しているからではないでしょうか。
 〈「せんだいメディアテーク」は現代的なエンジニアリングを突き詰めながら、その徹底した人工性の向こうに隠喩的にその外部、つまり「自然」を表現していると言えるだろう。これはもはや、都市や建築に「自然を取り入れる」といった従来の文化に属する出来事ではない。そしてさらに複雑なことに、そこに表現されている「自然」自体も、じつは従来のものではなさそうだ。〉
 対立的なものとしての自然と人工ではなく、相互に構造を浸透させていく現代的な自然と人工の在りようは、畠山氏のこれまでの作品でも展開されてきたテーマでもありますが、建築という新たなモチーフに関わることで、いっそう鮮やかにそのテーマが照らし出されているのが魅力的です。
 『MATSUE Taiji』は、大地のテクスチュアを細密に写真に定着する独特の作風で制作を続けている、松江泰治氏の作品を編んだ写真集です。
 1990年代のおよそ10年間にわたって制作された作品が編まれた本書は、日本、アメリカ、韓国、モロッコ、ケニア、イタリア、イラン…、といった実に様々な土地で撮影された写真が収められています。しかしながら、それらの写真が一見しただけでは土地の違いがわからないくらい、均一な印象のものであることに読者は驚かれるのではないでしょうか。けれども、あえて遠近感が退けられ、ニュートラルなトーンで統一された写真をよく見てみると、逆に実にさまざまなものが写っていることに、再び驚くに違いありません。
 見る者が吸い込まれてしまいそうな、本書に収められた大地のテクスチュアは、こうした作品制作を丹念に持続してきた松江氏の独自な感性を物語るとともに、写真ならではの表現を垣間見せているようでもあり、大変興味深いものであるように思われます。