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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #177 2001 summer:88-89]


 『上海 放生橋故事』は、農業や工業などの現場で働く人々に密着し、その日常の中から社会の実状をも鋭くあぶり出すドキュメントで知られる英伸三氏の写真集です。
 上海西の郊外50キロにある古い町である朱家角と、町の運河にかかる放生橋を、作者が8年の歳月をかけて撮影した写真を編んだ本書は、四季折々の町と人々の姿をつぶさに収めており、写真の1枚1枚にリアリティを感じる、視覚的な厚みを感じさせるものになっています。400年前に建造されたという放生橋、人々が行き交う運河のある町というモチーフも相まって、ここには現代の日本人に忘れられてしまった、息づかいが聞こえるような日常の生活がぎっしりと詰まっています。とかく現代の私たちは、テレビなどによる情報で世界の人々を捉えがちですが、本書はそうした情報からこぼれ落ちがちな、日々の人間の暮らしがしっかりと写されており、じっくりと見、そして想像することができるという、まさに写真ならではの特性を活かした仕事とも言えるでしょう。
 意識して見ると、それぞれの写真はアングルを凝らし、町と人の多様な姿を浮かび上がらせているのですが、そうした工夫をつゆほども感じさせないところは、時間をかけて町と人々になじんでいく誠実な作者の姿勢、そして熟達した視点とカメラ・ワークを感じさせるところでもあります。
『PASTIME PARADISE』は、最近話題になることが多い若手女性写真家の中でも、丹念ながら軽やかなスナップ・ショットで定評がある長島有里枝氏の写真集です。
 洋書のペーパーバックのような造本で、解説などの言葉は一切なく、全ページ裁ち落としで縦横も自在に写真が収められた本書は、この割り切りのよい装丁だけで映像世代の今風の感受性を充分に感じさせるものでしょう。収められた写真も、作者の代表作とも言える家族ヌードから、セルフ・ポートレイト、日常の風景、友達との遊び、遠景とクローズ・アップ、カラーとモノクロームといった、あらゆる写真が等価に混在しており、幼い頃から映像に触れ、特別なものとしてではなく、手と目の延長としてカメラを自由に操る世代の感覚に満ちています。
 逆に言えば、普段しっかりとした映像を見慣れていると、いささか不可解に思われる1冊かも知れませんが、そうした映像の枠組みをしばし忘れてページを捲ってみると、大胆でありながら繊細でもある新鮮な眼差しが感じられるのではないでしょうか。いずれにせよ、まぎれもなく今日の写真表現の、ひとつの在りようを照らし出している本書は、こういった写真表現が、今後どのように展開されるのかということを考えさせられることも含めて、たいへん興味深いものであるように思われます。
『写真集をよむ2 ベスト338完全ガイド』は、1997年に刊行された同名の本の続編です。
 海外の写真集を扱う書店は限られており、また、日本の写真集でも店頭にあまり置いてなかったり、すぐに品切れになってしまったりと、写真集というものは、なかなか実際に見てみる機会が得られないものでもあります。こうした現状において、200冊の洋書と110冊の和書ガイドが収められた本書は、写真集の状況を一覧できるとても便利なガイドブックと言えるでしょう。それだけでなく、飯沢耕太郎、港千尋、杉本博司、古屋誠一、今森光彦、森山大道、畠山直哉、ホンマタカシ、蜷川実花、野口里佳など、評論家や写真家の各氏による、さまざまな視点からの写真集についてのエッセイやインタビューも収められているので、写真集というメディアについての理解を深める助けにもなるに違いありません。
 また、巻末には書店、美術館、ギャラリーのリスト、そして、97年刊の『写真集をよむ』も含めた索引も付せられ、事典的な使い方もできるようになっており、きめ細やかな編集が光っています。
『ラクチョウの記憶』は、新聞社で週刊誌の副編集長やカメラ雑誌の編集長を務め、写真関係の著述や編集だけでなく、小説家としても知られる岡井耀毅氏の、写真を題材にした短編小説を編んだものです。
 スターの誕生、写真家の確執、撮影会、公募展、盗作、戦争などをテーマにした、写真の世界を知り尽くした作者ならではの短編が綴られた本書は、フィクションともノンフィクションともとれるような生々しさがありながら、そこに描かれた写真をめぐるドラマはどこか清々しく、後味の悪さがありません。それはどの短編にも、次のような作者の想いが浸透しているからではないでしょうか。
 〈たしかに写真を見る楽しみのひとつは、さまざまな生の表情、つまりは人間ドラマの断面をひそかにのぞき見ることにあるのだろう。そのシーンそのものから、どれほどのドラマ性を見出すことができるか、その分岐が、写真表現の扉の中にくぐり込めるかどうかの境界でもあるだろう。写真の本質が「記録」にあり、その過去の出来事や状況が「記憶」の断片によっていきいきと蘇ってくるとき、写真は至福の瞬間を迎える〉
 小説としても、とても魅力的な物語がきらめいている本書は、写真というメディアが触発するドラマを再認させられるという意味でも、興味深い1冊です。