texturehometext archivephoto worksaboutspecialarchive 2ueno osamu

[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #176 2001 spring:96-97]


 『パリのエトランジェ』は、ミュージシャンや旅の撮影をライフワークとしている浅野光代氏の写真集です。
 パリは映画や小説、そして写真といった多くのドラマの舞台になってきた街ですが、そういったものを通して私たちが抱いているイメージは、往々にして美化されたものではないでしょうか。パリに暮らすエトランジェ(異邦人)としての視点から、パリという街や人々を捉えた本書は、そういった美化されたイメージとは違ったパリの姿を見せてくれる写真集です。
 はじめにパリを訪れたとき、「実際のパリは、日本で抱いていたイメージと違っていて、もっと人間臭く、何か荒っぽい感じがしたのを覚えている」、と作者は言っています。そして、パリのそうした部分にこそ、作者は惹きつけられていきました。「美しいセーヌのたたずまいや、ヨーロッパの都市美を代表する街並みや建造物。その下には、この世の美しいものと醜いものとが一緒になって混在している。私がパリに魅せられる理由も、この街がこうした二面性を持っているからだ」。
 このような視点から撮られた写真が編まれた本書には、作者が「この混血文化のはざまで出会う国境や人種を超えた人との付き合いが、この街の魅力を解くカギだと、私は思っている」と言うように、何気なく撮られているように見えるスナップショットの中に、パリという街を織りなす、重層的な文化が収められています。時間をかけてじっくりとパリという街を理解しようとしてきた浅野氏ならではの、軽やかなフットワークと、繊細な眼差しが、とても魅力的な一冊です。
 『DOWN THE ROAD OF LIFE(人間のゆくえ)』は、平野正樹氏が、独自の視点で撮影した、ロシア、ドイツ、カンボジア、キューバ、サラエヴォ、アルバニア、日本といった場所での写真を編んだ写真集です。
 社会主義国を撮ったモノクローム、銃弾の跡を撮ったカラー、東京の段ボール・ハウス、死んだペリカンの骨など、対象も方法論も様々なものが試みられていますが、そこには、写真によって人間のゆくえを見ていこうとする、作者の堅牢な視座が通っています。そして、その視座から写真集を改めて見返してみると、様々な対象や方法論、そして一枚一枚の写真の奥深さが浮かび上がってくるに違いありません。
 昨今では、地球規模での問題を視座に据えた写真がけっして多くはないだけに、興味深く、今後の展開にも期待させられるところでもあります。
 『人形 HITOGATA』は、『TOKYO BAY SIDE』『DEATHROPIA 廃墟遊戯』などでも知られる小林伸一郎氏が、もう一つのライフワークとして撮り続けてきた、人形の写真を集めたものです。
 ここに収められているのは692体もの、作者が、海、山、街角、学校、遊園地、博物館、秘宝館、廃墟といった、旅の先々で出会った人形であり、ページを捲るごとにそのバラエティの豊かさに驚かされます。その多くは、いわばキッチュな人形なのですが、それだけに、人間の想像力や欲望の反映とも言える諸々の人形の写真からは、人間なるものの不可解さをも感じさせられます。そして本書が、たんなる人形のキッチュな面白さのコレクションで終わることなく、そうしたことをも思わせるのは、次のように述べる作者の、鋭い感受性があるからではないでしょうか。
 「人形たちはいま私の掌の上でさかんに個を唱ってやまない。もともと魂が宿っているはずもない人形たちの、この不思議さはなんだ。あえて耽美する眼も、博愛する心も持ち合わせていないが、彼らが辿った来し方を思わずにはいられないのである」
 『十文字美信の仕事と周辺』は、70年代から今日に至るまでの十文字美信氏の仕事を編んだ写真集です。
 本書では、広告という分野での十文字氏の多彩な写真にとどまらず、ニューヨーク近代美術館に招待された処女作品『アンタイドルド』や、ハワイの日系一世を取材した『蘭の船』なども収められており、コンパクトながら、十文字氏のトータルな仕事を一覧できるようになっています。広告という分野の仕事は、時代性を敏感に反映している部分もあり、実に興味深いものであることも多いのですが、振り返られることが少なく、また、なかなか作家の仕事として編まれることがないだけに、こうして仕事が一覧できるのは嬉しいことです。とりわけ十文字氏の広告の仕事は、ユニークな発想と、大胆で切れ味のいい手法が絶妙に噛み合った、強い印象を残す写真ですので、意識していなくても多くの人が見たことのあるイメージなのではないでしょうか。本書について、十文字氏は次のように述べています。
 「仕事に関係するものばかりが目につく。あらためて仕事が好きなんだな、と思う。でも執着はそれほど強くない。ものを見ることに工夫を重ねていると、いつの間にか夢中になってしまうというのが本当のところか。だから僕の仕事は、遊びに近い」。
 本書には、十文字氏自身の自作に関する文章も収められておりますので、このような、遊びのしなやかさと、仕事の緊張を兼ね備えた感覚を、より身近に味わうこともできるでしょう。