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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #175 2001 early spring:102-103]


 『アンダーグラウンド』は、石灰岩の鉱山を取材した『ライム・ワークス』などで知られる、新進気鋭の写真家、畠山直哉氏の第2写真集です。
 今回の写真集で畠山氏が取材しているのは、東京・渋谷の地下に流れる洞窟のような川です。渋谷と言えば、日本で一番にぎやかな街の一つですが、地上からわずか5メートル降りたところにあるのは、渋谷という土地からは想像もできないような暗黒の光景です。とはいえ、ここではその様相が説明的に描かれているわけではありません。かつて鉱山を、独特の色彩とフォルムが満ちた場所として描いたように、畠山氏は、渋谷という土地に潜む地下空間の闇と光を、たんたんと写し取っています。その経験について畠山氏は次のように語っています。
 「足元の水も僕の両手両足も、こうもすべてが真っ黒で見えないと、それが在るのかどうかさえ分からなくなる。いまかろうじて僕が『在る』と信じることのできるものは、こうしてものを想う僕自身の『意識』のみということになるのだろうか?…僕たちはいつも、世界のすべての事象に対して『人間』を投影しようと企て、そしていつも、最終的に挫折を味わう。『自然』はその挫折の地点に出現する。その瞬間の『自然』の姿が、たとえ畏れや美や崇高や癒しに満ちていたとしても、それは闇の中の事物が一瞬あらわすフォルムや色彩と同じように、『自然』自身にとっては、どうでもいいことだろう」
 興味深いのは、畠山氏の写真が、経験的なことについての、このようないわば哲学的な思索に支えられていることでしょう。ここに収められた写真は、ある意味でとても美しいものでもありますが、それだけにとどまらず、さまざまなイマジネーションを喚起するものになっているのは、そうした思索が背後にあるからだと思われるのです。
 『TOKYO NOBODY』は、8×10の大型カメラで東京を細密に写し取った、中野正貴氏による写真集です。
 このような手法での都市の風景写真は、今日では珍しいものではないかも知れませんが、中野氏の写真が際立っているのは、写されているのが無人の風景だということです。東京という都市の映像は、誰しも何らかの形で普段から接しているものだと思いますが、そこに誰一人いないというこのような映像には、ほとんど接したことがないのではないでしょうか。都市と言いますと、例えば自然というものに対立する概念のようにも考えがちです。しかし、本書を見ていると、人間が写っていない分、逆に生命的な力が浮かび上がっており、都市対自然といった二項対立を超えた、東京という自然とも言うべき有機的な都市の姿が感じられてきます。無人の東京が、ページを捲るたびにたんたんと立ち現れるこの写真集は、奇妙な違和感とともに、読者の想像力を掻き立てるに違いありません。
 『小屋の肖像』は、北海道から沖縄まで、全国津々浦々の小屋を、中里和人氏が取材した一冊です。中里氏は、巻末でこう言っています。
 「廃材を利用する小屋には、現代の暮らしが求める過剰さが無い。用のために建ち、褪色し、増殖し、生き延びてきた姿にはてらいが無い。潔さがある。いい加減さがある。日本各地での小屋との出会いは、やがて私にとっては新しい、侘び、寂の景色の発見にもつながっていった。」
 中里氏が指摘するように、小屋とは、建築でありながら、同時に建築の過剰さ、装飾性を免れた、不思議な建造物だと言えるでしょう。多種多様な小屋が収められた本書を見ていると、その無限の多様性に驚かされるとともに、きちんと設計された建築にはない、独特の存在感が漂っていることに気づかされます。
 ところで、ここまで紹介した3冊の写真集の作者は、いずれも1950年代後半の生まれです。このことは単なる偶然かも知れませんが、これら同年代の作者が、普段見ているようで、意識して見ることのなかった景観を写真に収めることで、日常では感じることのない存在感を浮かび上がらせているのは、いささか興味深いことであるようにも思われます。
 『カメラと戦争』は、長年に渡りカメラのテスト評価記事にも参加してきた小倉磐夫氏が、カメラの進化と、それにまつわる技術者の哀歓を綴った本です。
 進化の結果としてのカメラを使う私たちは、進化に慣れ、それを当然のことと思い、ともすればカメラの重要性を忘れてしまいがちですが、写真表現が常にカメラという機械によって支えられてきたことはまぎれもない事実です。入念なリサーチと、興味深いエピソードで、カメラの変容の過程を描いた本書は、なかなか知る機会がない進化の過程をありありと浮かび上がらせており、読者は、読みすすむうちに、カメラという機械に秘められた豊饒な物語に自然と引き込まれていくに違いありません。
 本書のあとがきには、次のような一文があります。「ライカ、コンタックスは第一次世界大戦の敗戦国ドイツから生まれたし、第二次大戦後の日本のカメラは世界市場を制覇した。いずれも戦時中に光学兵器を生産した企業が戦後、カメラの生産に転換したところから始まっている。光学会社がカメラを生産できるのは平和の象徴である。わが国のカメラ産業は戦後いち早く国際競争力をもったが、近年もっとも深刻な産業空洞化の嵐がふきあれた。カメラ産業は、わが国産業の先行指標でもある」。このような視座を持った小倉氏が書いた本書は、機械としてのカメラにとどまらず、そこに映し出される歴史や社会をも描き出した、必読の一冊だと言えるでしょう。