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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #173 2000 summer:86-87]


 『東松照明1951―60』は、文字通り東松照明氏のごく初期、戦後まもなくの写真を編んだ写真集です。東松氏と言えば、今や現代写真だけでなく、日本の写真表現をも代表する写真家ですが、この写真集は、かくも大きな存在である東松氏の、今日よく知られている、いわゆる代表作が生み出される以前の写真が集められた一冊だと言えましょう。
 具体的には、学生時代から、岩波写真文庫のスタッフ時代、そして、同時代の写真家たちと結成したVIVOの時代に写された写真が収められているわけですが、そこには未発表の作品も多く含まれており、今までほとんど見る機会がなかった写真が一同に編まれた、とても貴重な写真集になっています。  改めて言うまでもなく、東松氏の写真は、社会的な視点を中心にしたものから、個人的な視点による写真へと移行していく、戦後の日本写真表現を代表するものと言われています。本書に収められた写真は、社会的な視点による写真のスタイルを踏襲したところからはじめながらも、その中に個人的な視点が見られるという点において、戦後日本写真の変容を象徴しているとも言えるでしょう。このように、半世紀近くを経て出版された東松氏の初期作品は、東松氏自身の写真表現の出自を見ることができるというだけでなく、戦後の日本写真の変容をも凝縮しており、たいへん興味深い一冊になっています。
 須田一政氏の『紅い花』も、1960年代末から70年代半ばに撮られた、ほとんどが未発表の初期作品を編んだ写真集です。
 とどまることのないエネルギーで、質的にはもちろん、量的にも膨大な作品を生み出し続けている須田一政氏の写真は、そのミステリアスな写真の魅力を味わうことだけでなく、写真を撮ることの姿勢をも伝えてくれるものでもあるでしょう。本書の一番の見どころは、須田では珍しい、スタンダードな35mmのカメラによる写真を多く収めているところかもしれません。日常の何気ない光景の中に浮かび上がる不思議な空間を、独特の視点で写真に封じ込めるのが須田氏の写真の持ち味ですが、35mmのカメラによる写真では、そうした持ち味が磨かれた現場を見るような臨場感を伺うことができるでしょう。
 須田氏はあとがきで、こう述べています。「若い頃の作品を見ていると、その時代に持っていた熱い気持ちが沸き上がる。本格的に写真に取り組み始めた時の情動が、再び私に蘇る。現在の自分が、かつての自分につき動かされる気がする」。瞬間を封じ込めたものが、時を超えて情動すら伝えることは写真ならではの魅力ですが、本書は、そうした“熱さ”を、見る人にも伝えてくれるに違いありません。
 『日本写真家事典』は、東京都写真美術館が作品を所蔵している写真家を中心に、328人のプロフィールや参考文献、主要作品を収めた本です。
 1ページにひとり、50音順に写真家を収め、巻末に事項解説、日本写真史略年表、主要写真史文献を収録した本書は、きわめてオーソドックスな体裁になっていますが、そのオーソドックスさこそが本書の真価に他ならないでしょう。というのも、日本の写真表現にもっとも欠けているのが、こういった事典の類であると思われるからです。ふと疑問に思ったことを調べる手がかりとしての事典は、どのような分野においても必須なものでありますが、いっけん目立つことのない事典類は、オーソドックスな外見とは逆に多くの労力を要するものでもあり、なかなか作られる機会がないものでもあります。  今回、公立の美術館が、こういった試みをはじめたことは、地味な仕事ではありますが、それだけに注目されてしかるべきことでしょう。実際にページを捲っていくと、さすが300人以上を収録しているだけあって、日本写真の厚みと広がりを実感できるのも嬉しいところです。
 『J―フォトグラファー』は、90年代に入って続々と登場してきた、新しい写真家たちとその傾向を、一冊にまとめた本です。
 新しい写真家たちの傾向とは何か。『J―フォトグラファー』という名称からは伺うことができないでしょうが、それこそが、90年代の新しい写真の傾向なのだと言えるのかもしれません。と言いますのも、新しい写真家たちを彩るのは、その写真のスタイルやジャンルといったものではなく、写真と関わる姿勢そのものであるかのように思われるからです。
 現在さまざまな文化の分野で、“J―”なる呼称が用いられていますが、そうした名称で呼ばれる作家たちに共通するのは、表現に対する気負いのなさ、屈託のなさである気がします。それは、さまざまな文化が溢れる時代に育った彼/彼女たちにとって、自らが属する分野や、自らが用いる手法は、とりたてて必然的なものではなく、どちらかと言えば取捨選択が可能な、気分や嗜好によって選ばれたものにすぎないからでしょう。実際に本書の一章である「90年代デビュー作家」のセクションを見ていても、全体的に、かつての時代にはなかった、軽やかな表現との関わりが感じられるでしょう。  その他にも、90年代の写真家を代表する一人であるHIROMIXのインタビューや、新世代の写真家をめぐる座談会など、さまざまな視点から90年代の写真を捉えた本書は、ふだんまとめて捉える機会がない新世代の写真家を、手軽に見渡してみることができる一冊になっています。