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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #172 2000 spring:84-85]


 『farmer』は、さまざまな視点や方法論で、人間の在りようを捉え続けてきた写真家、秋山忠右氏による新刊です。タイトルからもうかがわれるように、テーマになっているのは農業とそこで生きる人々ですが、収められた写真は、いわゆる従来の農業をテーマにした写真とは、趣が大きく異なっています。
 従来の写真において、農業というテーマは、社会や家族、労働といった問題、あるいは、風土や習慣、素朴さといったイメージによって展開されることが多かったように思われます。言いかえれば、農業は都市との対比において捉えられてきたと言ってよいでしょう。
 しかし、本書で展開されている世界は、既存の問題をばねに、新たな展望を切り開こうとしている人々の試みであり、また、仕事を辞め、新たに農業に参入する中で、それまでになかった喜びを体験している人々の姿です。つまりここでは、伝統や問題をポジティヴに転換し、未来や理想を描き、一歩一歩着実に、それを現実のものとしていこうとする営みが捉えられているのです。
 本書における、農業を捉えるこのような新たな視点はもちろん、それを写真で展開する際の方法論も、切れ味のよいものです。隅々にまで合わせれた焦点によって、空、土、木々、作物、器具、人々が色とりどりに捉えられたカラー写真は、農業という言葉から連想される既成のイメージを吹き飛ばし、未知の農業へと見る者を誘ってくれるでしょう。秋山氏ならではの、人間を捉える熟達した力量を感じる一冊です。
 『人間とは何か』は、須田慎太郎氏が、4年間にわたって捉えてきた、さまざまな世界の姿を編んだ写真集です。タイ、マレーシア、ロシア、インド、中国、チェチェン、フランス、イタリア、エジプト、フィリピン…と、収められている国も多様ですが、そこで捉えられた事象もまた多種多様です。裏表紙に記された見出しから、そのいくつかを拾い出してみましょう。
 「観世音菩薩の化身ダライ・ラマ」「ゴルゴダの丘」「自爆テロ」「無国籍者ビドゥーン」「残像・大東亜共栄圏」「生けにえの儀式」「旧ソ連最大の核実験場」「六〇〇〇体のミイラ」「約束の地と聖戦」…。
 こういった見出しからも想像されるように、本書には驚くような映像も多く収められています。しかし、かといってそれらがスキャンダラスに扱われているわけではなく、その映像はとても率直です。それは世界の多様な姿を、身をもって体験しようとした須田氏の姿勢によるものでしょう。須田氏は、次のように述べています。
 「肉体と精神に染み込んでくるような、実際に、見て、体験してわかる、楽しさや喜びを忘れたくはない。人間とは何かを知る手がかりの一つは、それらの人々の生きている自然の中に飛び込み、『気』をともに体験することではないかと感じ、何者かに導かれるようにして、人間の醸し出す世界を、はいずりまわって来た」。
 本書では、人間とは何かということが、傍観され客観的に展開されているのではありません。そうではなく、人間とは何かという問いに対する、多様で豊かな在りようが過不足なく率直に描かれているのです。多様さや豊かさをうたいながらも、実際には均質化された社会に住む私たちに、多くのことを教えてくれる写真集です。
 『泥まみれの死』は、最近テレビドラマ化されるなど、再び広い注目を集めている、沢田教一氏の写真集です。
 ベトナム戦争を果敢に取材し、1970年に34歳の若さで射殺され、この世を去った沢田氏の写真は、ピュリッツァー賞やロバート・キャパ賞を受賞するなど、世界的によく知られており、今日なお、私たちの心を揺さぶり続けていますが、沢田氏の生き方や考え方もまた、多くの人々の心を引きつけ続けています。当時においても沢田氏は、多くの人々に敬愛される人物でありましたが、今日では、また少し違った意味で、人々の関心を集めているように思われます。
 ひとこと言うなら70年代という時代は、社会の問題が見えるものから、見えないものへ移行した時代です。戦争もまた、ベトナム戦争を境に、見えない戦争へと移行したと言われています。したがって今日、沢田氏の生き方は、問題が見える時代を、写真というメディアによって刻印したという、象徴的な意味をもおびていると言えるでしょう。本書は15年を経て再刊された新装版でもありますが、この意味で、今日でも多くの問いを私たちに投げかけているように思われます。
 『日本写真史概説』は、以前紹介致しました、『日本の写真家』シリーズ全40巻の別巻として刊行された一冊です。ここ数十年で、表現としての写真が注目されるようになり、写真というメディアもポピュラーなものとして成長してきました。が、その反面、いわゆる新しい写真に比べますと、このような写真史を扱った本は、どうしても注目されにくくなっているように感じられます。
 しかし、どのような新しい写真であろうと、長年の蓄積に支えられたものであることは、まぎれもない事実です。写真術の渡来から、現代写真までを概説し、丁寧な年表や索引も収めた本書は、今日へと連なる写真の流れを、折にふれ確かめるためにも、ぜひ傍らに置いておきたい一冊です。