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[BOOK REVIEW:新着写真集紹介/nikkor club #171 2000 early spring:100-101]


 『小姓町界隈50年史』は、山形市小姓町に生まれ育った鈴木邦緒氏が、昭和8年にはじめてカメラを手にしたときから、生涯に渡って撮り続けた、数千カットにおよぶ小姓町の写真から編まれた写真集です。
 ひとつの街の変遷を凝縮した本書は、貴重な記録として意義深いものであるのはもちろんのことですが、一枚一枚の写真が、通りすがりの人間では決して撮ることのできない、地元への愛着と、そこに暮らす人々への暖かい眼差しに溢れているところが、たいへん魅力的です。  生まれ育った町を撮り続けるということは、いっけん容易なことであるように思われるかも知れませんが、実際には最も難しい行為であることは、それを目標にしたことがある人なら、誰しも納得できることでしょう。この意味で本書はまた、写真を撮る人々に、素晴らしい写真を撮る題材は、身近なところに充分あるのだということ、そして、ひとつのことを撮り続けることの意義を、体現することで教え、励ましてくれる写真集でもあるでしょう。
 残念ながら鈴木氏は、昨年他界されてしまいましたが、「遠い昔に夢見たことが、今現実となりましたが、一人の人間が生きてきた証でもあります」という言葉を遺しているように、本書は一人の人生に匹敵するような価値が圧縮されています。それだけに、「言うは易く、写心は成り難いもの」という鈴木氏の言葉は、本書の写真とともに、ずっしりとした重みがあるものに感じられます。
 『EXILES』は、楢木逸郎氏が、路上生活者たちを1993年から99年にかけて撮影した写真集です。
 本書では、正方形のフォーマットの中に、暗いグレーに統一された背景の前で、路上生活者が細密に写されています。こうした形式だけを見ますと、写真表現にはよく見られる手法にも思われますが、本書の写真は、むろんそうした手法が優先したものではなく、その手法が必然的に選ばれたものであるように思われます。
 と言いますのも、本書に収められた路上生活者たちは、カメラに向かって視線をしっかりと合わせ、独特の存在感を浮かび上がらせており、そうした存在感を捉えきるためには、この手法がなくてはならなかったものであるに違いないからです。写された人々が、過度に自己を主張することなく、また同時に、撮影者も何かを誇張することなく、生身の人間が向かい合って生まれた本書の写真は、人間の存在、そして存在に対する敬意が刻まれた希有なイメージだと言えるでしょう。
 『目のまえのつづき』は、期待の新人、大橋仁氏の、はじめての写真集です。
 92年から98年にかけて撮った身のまわりの写真を編んだ本書は、家族や恋人、風景、そしてそこに刻まれた愛や死、喜びや悲しみといったもので形作られています。しかし、かといって、ここには収められた写真を説明するようなものは、いっさいありません。時には同じ対象が連続して収められ、時には対象が人物から風景へ、風景から出来事へと変わっていく写真の配列を通して、読者がそういった事柄を自ずと感じ取るような構成になっているのです。
 こういった日常に浮かび上がる事柄を、気負いなく、写真で展開していく表現の姿勢は、昨今注目されている新人に共通するものでもあります。そこに流れている感受性は、生まれたときから映像の海に投げ出された世代ならではのものであるように思われます。この写真集において、曖昧ながらも一定のリズムで展開されていく日常の物語の映像が何に似ているか、端的に言えばそれは、仕上がってきたばかりの、コンパクトカメラなどで日常を撮った同時プリントでしょう。従来の写真表現の視点からすると、あまりに気負いがないように感じられるかもしれませんが、その気負いのない写真への関わり方こそが、まさに彼らの写真が新しいことの証左であり、期待されるゆえんなのでしょう。
 『割レタ鏡タチノ国デ』は、80年代以降の日本の写真家たちの表現を、飯沢耕太郎氏が読み解いた一冊です。
 飯沢氏の言葉で言えば、80年代以降、写真表現は、「多様化と相対化の迷路にまぎれこんでしまった表現の行為において、あえて写真という媒体にこだわり続ける意味をふたたび確認しなければならないという、切迫した欲求に支えられた営み」に変容していきました。タイトルからも察することができるように、本書はそうした状況を無理にまとめあげようとせずに、あえて率直にレポートしようとしています。
 そうした飯沢氏の姿勢は、本書にとりあげられている、次のような写真家のラインナップを見れば一目瞭然でもありますので、長くなるのをいとわず紹介しておきます。田村彰英、山崎博、服部冬樹、大阪寛、山中信夫、今道子、柴田敏雄、畠山直哉、港千尋、鈴木清、小林のりお、山根敏郎、橋口譲二、佐藤時啓、宮本隆司、杉本博司、古屋誠一、石内都、楢橋朝子、島尾伸三、潮田登久子、森山泰昌、長島有里枝、高橋恭司、今森光彦、宮崎学、都築響一、大森克己、佐内正史、森山大道、荒木経惟。
 世代やジャンルといった既成の枠組みにとらわれることなく、日本の写真表現の現在形を報告した本書は、写真の今を捉える大きな助けになることでしょう。