[この四半世紀で際立ってきた写真表現における歴史観の希薄化:日本写真家協会編『日本現代写真史1945-95』/日本カメラ2000年6月号:241]
『日本現代写真史1945-95』を見てまず思うことは、同じく日本写真家協会から1977年に出版された『日本現代写真史1945-75』との、外見の類似性である。今回出版されたものの方が若干厚みが増しているが、縦の箱に収められた、A4判横という変形のフォーマットは共通しており、一見すると増補改訂版かと思ってしまうほどよく似ている。
しかし誤解のないように、結論を先に言えば、この2冊は全く別の本である。それゆえ、1977年刊の『日本現代写真史1945-75』(以下『75』版)と、2000年刊の『日本現代写真史1945-95』(以下『95』版)を見比べてみることは、興味深いことのように思われる。なぜならそれは、75年以降の写真表現の変化を捉えることにとどまらず、この20余年の間の写真表現に対する、ひとつの歴史観の変化を捉えることでもあるだろうからである。
『75』版は、前半が「歴史への証言」「社会への訴え」「映像化の社会」の3つの写真セクション、後半が15章からなる解説、そして年表、索引などの資料で構成されている。『95』版は、前半が「時代の目撃」「写真家は何をとらえたか」「対象と表現の多様化」の3つの写真セクション、後半が解説、そして年表、索引などの資料で構成されている。
このような大まかな構成だけ見ると、非常に似通っているようにも思えるのだが、まず感じる大きな差異は、解説の量的な違いである。『75』版が、約590頁の全体の中で解説が369頁からはじまっているのに対して、『95』版は、約660頁の中で、解説がはじまるのは535頁からである。しかも、『75』版の資料が503頁からはじまり、『95』版の資料が558頁からはじまっていることを考えると、130頁余りが解説に割かれている『75』版に対し、『95』版の解説は20頁余りということになる。もちろん『95』版の解説では小さめな文字組になっていることや、写真セクションにも文章が織り込まれていることを考慮しなければならないだろうが、それにしても総論的な解説の減少は一目瞭然である。
写真セクションにも大きな差異がある。単純に言えば、『75』版の「歴史への証言」「社会への訴え」が、『95』版の「時代の目撃」に対応し、『75』版の「映像化の社会」が、『95』版の「写真家は何をとらえたか」「対象と表現の多様化」に対応していると言えるのだろうが、写真が延々と資料的に続いていく『75』版に対して、『95』版では、かなり意識的に区分が設けられているのである。特に、「写真家は何をとらえたか」では、ひとりひとりの写真家にスポットを当てる形でページが構成され、「対象と表現の多様化」では、ゆるやかなテーマによって写真が区分されており、『75』版と比較すると、写真家やテーマが強調されている印象が強い。
いささか粗雑になるのを承知の上で、こういった差異から見られる変化を一言で言うなら、写真にまつわる言葉の減少と、写真家やテーマの浮上であろう。もちろん、この20余年の写真表現の変化をそれだけで言い尽くすことは、乱暴すぎるだろうが、それは、80~90年代を通過した写真表現の一面を、的確にあらわしているようにも思われる。
写真表現が、社会性から解き放されて、個人的な表現に移行したと言われて久しいが、そうした流れからすれば、このような傾向の変化は当然のことなのかもしれない。が、じっさいに、『75』版と『95』版という物理的な差異によってそれを感じてみると、その変化が、思いのほか写真表現にとって大きな変動であったことが実感されてくるのではないだろうか。
『95』版を特徴づけているのは、『日本現代写真史1945-95』というタイトルであるにもかかわらず、そこに明確な歴史的な観点が見られないことである。その印象は、こうして『75』版と比較してみると、ますます明瞭になる。写真にまつわる言葉の減少と、写真家やテーマの浮上という変化を言いかえるなら、歴史観の希薄化ということになるだろう。
もちろん、社会から個人への視点の移行は、写真表現に限らず、あらゆる表現、文化に共通する、この四半世紀の変化であり、本書に見られる、写真表現における歴史観の希薄化も、そうした変化の帰結にほかならない。本書の編集に関して言えば、希薄化する歴史観を、緻密な各論、豊富な資料で丹念にフォローしており、その点は、むしろ大きく評価されてしかるべきであろう。それゆえ、この帰結は編集上のものではなく、写真表現に関わる誰もが等しく抱えるべき問題だと言えるだろう。かつては社会を軸に構築されていた歴史観を、いかにして個人を軸に再構築するのか、あるいは歴史観そのものを放棄していくのか、多様化がうたわれた写真表現にのこされた課題は重い。